side:イザーク(二人目の脱落者、その後悔)

(なんで、こんなことになっちゃったんだ……? 僕はただ、この世界で幸せになりたかっただけなのに……!)


 マルコスたちの下から逃亡し、その際に最後の力を使い果たしたイザークは、状況が何も理解できないままに街の中を逃げ惑っていた。

 先の戦いで負った傷や無理に肉体を魔鎧獣に改造された後遺症、更に魔剣を使ったことで受ける負担によって、彼は今、心身共にボロボロの状態だ。


 壁にもたれ掛かりながら、どうしてこんなふうになっているのかもわからないまま……イザークは、目に涙を浮かべながら自問自答を続ける。

 その脳裏に浮かび上がってくるのはイザークとしての記憶ではなく、有藤勲としての生前の苦い思い出だった。


『お前、何なんだよ!? もっと協力しろよ!!』


 そう同級生の男子に怒鳴られたのは、小学生の頃だったと思う。

 クラス全員で参加するリレーの練習の際、やる気のない自分に向けてその男子は怒りを露わにしていた。


 似たようなことを中学生の時にも言われたことがある。

 協力しろ、力を合わせよう、一緒に頑張ろう……そんな言葉と共に差し伸べられる手を拒み続けた結果、いつしか勲の周囲からは人がいなくなっていた。


 せいせいすると、一人が楽だと、自分は孤独でも大丈夫だと……そううそぶいていた勲であったが、それが強がりだなんてことは本人が一番理解している。

 彼はただ、怖かっただけなのだ。自分の無能さが他人に知られるのが怖くて、嫌で、ただただ人と距離を取っていただけだった。


 リレーの時もそう。運動音痴な自分が一生懸命になっても滑稽なだけだと思っていたから、それが笑われるのが嫌だったから、勲は最初から手を抜いた。本気を出していないふりをした。

 自分は頑張ればもっと速く走れる、ただ面倒だからそうしないだけ……そんなふうを装って、強がっていただけなのだ。


 だから彼には友達がいなかった。誰かに手を差し伸べてもらったとしても、その相手に自分の弱さを見せることができなかったからだ。

 そうしているうちにどんどん孤独は深まって、気が付けば誰からも相手にされなくなって……それでも彼は強がることを止められなかった。


 自分は孤高のソロプレイヤーだ。孤独を自ら選んだだけで、この状況は自分が望んだ通りのものだと、決して孤立しているわけではないと自分に言い聞かせ続けた。

 大好きなゲームで負けた時も仲間のせいにして、自分一人でプレイできるゲームばかりやって、そうやって出会った『ルミナス・ヒストリー』をソロプレイでやり込み続けて……つまらないことで命を落とすまで、そんな人生を送り続けた。


 この世界に転生した時が、勲にとっての最後のチャンスだったのだろう。

 自分の生き方を変えるチャンス……これまでの人生とは真逆の、誰かと手を取り合って生きる道を選べる、最後の機会だった。


 しかし……彼はそれを捨て去った。

 自分の限界に挑戦したかったわけではない。ソロプレイこそ至高という矜持に従ったわけでもない。


 ただ、ただ……怖かった。ここで新しい生き方を選んでしまったら、有藤勲としての人生が間違っていることを認めてしまうみたいで恐ろしかった。

 だからこそ、転生特典として優れた能力値や容姿を得て、イザーク・エリアとして生まれ変わった後も、彼はこれまでの自分自身を貫いた。そうすることしかできなかった。


 その結果がこれだ。世界を救う孤高の英雄を目指したはずが、魔剣を盗んだ犯罪者兼化物に堕ちてしまっている。


 本当は全部わかっていた。自分の弱さも、愚かさも、過ちも、わかっていたはずだった。

 ただそれを認められなかっただけなのだ。間違っていることを理解したまま……自分はここまで来てしまった。


(助けて……誰か、誰でもいいから、僕を、助けて……)


 弱くていい、情けなくていい。これまで自分がしてきたことを思えば、こんなことを言うのはおこがましいというのもわかっている。

 だが……こうして真の孤独を味わった今となっては、自分自身がどれだけ愚かだったのかが身に染みて理解できていたし、どんな恥を被っても誰かと繋がりたいという想いが強く心に浮かび上がっていた。


 誰かに手を差し伸べてほしい。そうしたら、今度こそ自分はその手を掴んで生まれ変わることができる。

 そう思うイザークの目に、人の姿が映った。

 ぼんやりとした視界の中で立ち尽くす彼は、ゆっくりと近付いてきたその人影がこちらへと手を差し伸べてくれる姿を目にして、僅かに微笑んだ後――


「……え?」


 ――体の中で響いたザクリという音を感じて、驚きにその表情を染めた。


 どろりと、赤い何かが自分の胸からあふれ出している。

 込み上げてきた不快な何かを吐き出すように咳き込めば、口から魔剣の魔力と同じ色をした血が吐き出された。


 刺されたんだ、ということを理解した彼が大きく目を見開く中、自分の目の前に立つ男がとても満足気な笑みを浮かべながらそんなイザークへと言う。


「よお、イザーク……! 可哀想なことになってるな、お前」


「おば、え、は……がふっ!」


「お前の血で俺の制服を汚すなよ。汚ねえんだからさ」 


 自分の胸を剣で貫いた男子生徒には見覚えがあった。

 少し前、学園で好き勝手している自分を止めるために決闘を仕掛けてきた転生者だ。


 名前は確かシアンだったなと考えるイザークの顔を覗き込んだ彼は、浮かべている笑みに邪悪さを足しながら口を開く。


「いい気分だぜ。お前にやられた屈辱をこうして晴らせるんだからな。お前はやり過ぎたんだよ、イザーク。俺たち全員が、お前のことを排除したいと思うくらいにな」


「っっ……!?」


 シアンの周囲には、他にも多くの人の姿があった。

 それが全員、自分たちと同じ転生者であることに気が付いたイザークは、彼らがこの機に乗じて自分のことを排除しに来たのだと理解すると同時にその場に崩れ落ちる。


 口からも、胸からも、血が止まる気配はなかった。

 確実に死に向かっていくイザークが涙を浮かべながらもがく中、その傍にしゃがみ込んだシアンが口の端を吊り上げながら侮蔑の言葉を吐き掛ける。


「安心しろよ、イザーク。お前が集めた素材は俺たちが引き取ってやる。ついでにお前の死も利用させてもらうぜ。魔剣を使い過ぎて狂ったお前を打ち取った英雄として、俺たちの名前を高めることに一役買ってもらうつもりだ。良かったな、イザーク。最後に仲間の役に立ててよ」


 ゲラゲラと、転生者たちの下品な笑い声が響く。

 ゆっくりと、体の下に赤黒い血が溜まっていく。


 体が冷たくなっていくことを感じるイザークは、自分はこんな連中と同じ存在だったのかという深い絶望と後悔に襲われながら、頭の中に浮かび上がってきた文字を最期に感じると共に意識を失った。


『GAME OVER』


――――――――――

―――――――

―――――

―――


 それから数分後、現場に駆け付けたマルコスたちは血溜まりの中で倒れ伏し、ピクリとも動かなくなったイザークの遺体を発見する。

 見開かれた瞳に深い絶望を宿したあまりにも哀れなその姿を目にした彼らは、言葉を失ったまま、ただただ彼の死を悼むのであった。


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