その想いを胸に飛べ

「あぐぅっ……!」


「しっ……!!」


 ネイドの拳に合わせるようにして繰り出されたユーゴのジャブ。

 体格や体重の差から考えれば、ユーゴの方が押し負けるはずだったが……彼は左拳の鎧をドリル状に変化させていた。


 魔力で強化された鉄、それもドリルとして回転しているそこを全力で殴れば、如何に筋力があろうともダメージを受けるのは自明の理。

 また変わった形でのカウンター、それもこれまでで一番攻めに意識を割いていた状況での痛打はネイドの肉体よりも精神へと大きなダメージを与える。


「……言っただろ、ネイド。俺には仲間ダチがいるんだ。お前の目には旧型の魔道具にしか見えないかもしれねえが、このブラスタには沢山の仲間たちの想いが込められてる。お前が作る魔剣なんかよりも強い力を俺にくれる、最高の魔道具なんだよ」


「なんなんだよ……!? なんなんだよ、お前っ!? 仲間だとか、想いだとか、一人じゃないだとか綺麗事ばっかり言いやがって! お前も魔導騎士を目指すクズの一人だろ!? イザークと同じ、英雄を目指すクソ野郎なんだろ!? お前らみたいなクズを潰すために俺はこの力を手に入れたんだ! 俺は、俺は……っ!!」


「いい加減に気づけよ、ネイド! お前は今、お前自身が忌み嫌ってるクズと同じことをしてるんだぞ!? 沢山の人たちを犠牲にして自分の目的を遂げようとするお前に、他人をクズ呼ばわりする資格があると思ってるのか!?」


「ちがぁぁぁぁうっ! 俺はあいつらとは違う! 俺は、この腐った世界を変えるために! 俺は、おれ、お、オレれレれ! クズズ、つぶ、スッ!!」


「っっ!?」


 叫び続けるネイドの声から、理性が消えた。

 その雰囲気が、昨日決闘をした時に魔剣に飲まれたイザークの姿と被って見えたユーゴが息を飲む前で、ネイドが狂ったように吼える。


「オレハ、クズヲ、ツブスッ! オレハスゴイ! オレハサイキョウ! オレハタダシインダ!! アアアアアァァアアアアアアッ!!」


「……お前は間違ってるよ、ネイド。何もかも、全てが間違ってる。だけど……お前の傍には、それを教えてくれる友達がいなかったんだな。そんなだから、お前もイザークも魔鎧獣なんかになっちまって……!」


 今のネイドは強くなんかない。すごくもない。正しさだって欠片も有していない。

 ただ孤独で、自分勝手で、狭くなった視野のままに一方的に正義を決め、自分の犯した罪を正当化する、彼自身が忌み嫌っているクズそのものだ。


 だが……この悲劇はきっと、彼の傍に友がいれば回避できたのだろう。

 ネイドがイザークだけでなく、アンヘルや他の工業科の生徒と付き合っていたら、あるいは、ヘックスのような仕事を依頼しに来た多くの生徒たちと少しずつ関係を深めていたら……全てが変わっていたはずだ。


 何が悪かったかなんてユーゴにはわからない。どこでボタンが掛け違ってしまったのかも知る由がない。

 それでも、今、ここで自分がすべきことだけは理解できていた。


「あいつを止めてくれ、か……」 


 自分を送り出す際、アンヘルから言われたことを思い出す。

 彼女は自分に対して、ネイドを倒してくれではなくと言った。その理由が、今なら少しわかる気がする。


「ヒーローの条件その二……強いだけでは意味がない、絶対に、優しさを忘れるな……!」


 思い出す、自分が憧れている英雄たちが胸に秘めている矜持を。

 燃え上がらせる、自分を奮い立たせるように心の中の炎を。


 いつだってそう、ヒーローは守るために戦っている。何を守るかは、戦いやヒーローによってバラバラだ。

 誰かの笑顔、居場所、命、夢、未来、過去、想い、希望、誇り……そして、守るべきものの中には罪を犯した相手だって含まれている。


 自分が目指しているのはただ強いだけの戦闘マシンではない。全てを救う、ヒーローだ。

 ならば、きっと……今、目の前で闇に心を飲まれた悪人だって助けるべきなのだろう。


 ネイドに生きて罪を償ってほしいと願う者が存在している限りはその想いも守りたい。

 全てを守るヒーローになる……そんな想いを貫くために、自分はこの世界で力を得た。だったら、そのために全身全霊を尽くすまで。


「行くぜ、アン。お前が鍛え上げてくれたこのブラスタで、俺は……あいつを救うヒーローになる!」


 強い意志と覚悟を燃え上がらせながら、胸の属性魔法結晶の能力を解放。

 炎のような輝きを放ち始めたそれが生み出す驚異的なパワーを感じながら、炎のマフラーを靡かせるユーゴが魔剣に心を食われつつあるネイドを見つめ、飛び出した。


「はあああああっ!!」


「ヌガアアアアッ!!」


 咆哮と絶叫、二つの叫びがぶつかり合い、空気がビリビリと震える。

 突っ込んでくるユーゴを殴るべく拳を振り抜いたネイドであったが、次の瞬間には彼の姿は目の前から消え失せており、予想もしていない方向から衝撃が襲い掛かってきた。


「ガッ! ガアッ! ユー、ゴ……ユゥゴォォォォォォォッ!!」


 憎しみを、怒りを、噴火させながらユーゴを追って拳を振り回すネイド。

 しかし、その拳は空を切るばかりで相手を捉えることもできずにいる。

 いや、追えていないのは拳だけではない。そもそもネイドはユーゴの動きを目で追うことすらできていなかった。


 こちらへと攻撃を仕掛けるために接近してくるユーゴへと拳を繰り出しているはずなのに、その拳が捉えるのは残像ばかり。

 消えたと思った時には既に全く別の方向から攻撃を食らっていて、その痛みに耐えながら再びユーゴを迎撃しようとするも彼の機動力に翻弄されて……を繰り返している。


 今のネイドにとっては、ユーゴが放つ強靭な肉体を焦がす炎を纏った攻撃も驚異的だが、目にも止まらぬ速度で動き回れるその機動性が何よりも厄介だった。

 重い鎧を纏った状態でどうしてそこまで動けるのか? という疑問の答えを出せるはずもなく、彼は一方的に攻撃を受け続けている。


「はあああああっ!!」


「グアアッ! ガッ! グウウウッ!!」


 対応できない。追いつけない。完璧になったはずの自分が手も足も出ない。

 しかもユーゴの動きは時間が経つごとに早く、攻撃は一撃ごとに重くなっている。如何に強靭なサイクロプスの肉体であろうともその耐久力には限界があるし、刻一刻と自分の体力の限界も近付いていた。


 グオンッ、と炎が勢いよく噴き出す音が響く。ユーゴが踏み締めた大地がすさまじいまでの揺れをみせる。

 ユーゴとの実力差が文字通り痛いほどに理解できていた。彼に全く敵わないという現実が、ネイドに彼との力量差を強く感じさせていた。


 それでも……ネイドは止まらない、止まれない。敗北感と屈辱を味わう度に負の感情は増幅し、膨れ上がる怒りと憎悪が体を突き動かしている。

 自らが作り出してきた大量の魔剣と、それを生み出す呪われたハンマーの影響を受けて魔鎧獣になった彼は、既に理性という名のブレーキを完全に崩壊させていた。

 だからこそ、これ以上彼に何かを傷付けさせないために、ユーゴは全身全霊をかけてネイドを止めるための攻撃を繰り出す。


「終わりにしよう、ネイド。お前は、俺が止めるっ!!」


 炎属性を帯びた魔力を両脚に集中。圧倒的なまでの機動性を生み出していた脚力を活かし、高く、高く……空へと舞い上がる。

 制限時間ギリギリまで高められ続けた炎がブラスタから噴き出し、ユーゴの背に翼のような形を作り出す中、両足を揃えた彼は真っ直ぐにネイドへと狙いを定めると、紅炎を纏いながら急降下していった。


「プロミネンス・ブラスタァァァァァッ!!」


「ゴガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 最大級に高められた脚力とそこからの急降下の勢いを活かした飛び蹴り、そして灼熱の炎。

 逆巻く炎を纏う紅蓮の流星となったユーゴの一撃がネイドの胸を捉え、その体を後ろへと押し込みながら突き進んでいく。


 最後の一瞬、曲げた膝を伸ばすようにしてネイドを蹴り飛ばしたユーゴは、そのまま空中で一回転すると共に地面へと着地した。

 まるで羽が舞うような軽やかなその動きを目の当たりにしたネイドが、苦し気に呻きながら手を伸ばす。


「オレハ、サイキョウノチカラヲ、テニイレタハズ、ナノニ……ッ! コノチカラデセカイヲ、シハイスルハズ、ダッタノニ……!! ウオオオオオオオオオッ!?」


 爆発、ネイドの体で紅蓮が弾ける。

 その爆発は一度では終わらず、立て続けに何度も噴き上がる炎に肉体を焼かれたネイドは、限界を迎えて後ろへと倒れ込みながら悲鳴を上げた。


 直後、全ての爆発を飲み込むような大爆発が起きると共に、巨大な火柱が天まで立ち上っていく。

 轟音と共に発生した炎は全てを……あのハンマーをも巻き込み、呪われたそれを灰燼と化すまで焼き尽くすのであった。

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