得たもの、引き換えに失ったもの

「なら、やってみろ! これまでの恨みを込めて、叩き潰してやる!!」


 憎しみの咆哮を上げたネイドが、巨大化したハンマーを手にユーゴへと挑みかかる。

 サイクロプスの怪力を活かした突撃を仕掛ける彼であったが、緩慢かつ直線的なその動きを見切ることなどユーゴにとっては簡単なことだ。


 相手が攻撃の準備を整える前に跳躍、勢いを活かしつつ握り締めた拳を顔面へと叩き込む。

 カウンター気味にクリーンヒットしたその一撃はネイドを怯ませることに成功したが……そこまでの痛打にはならなかったようだ。


「ぐっ……! この、野郎……っ!!」


「……足りねえ、か。流石はサイクロプス、見た目通りの頑丈さだな」


 効いていないわけではない。だが、決定打になり得るようなダメージを与えることもできてはいない。

 単眼の巨人、サイクロプスはその見た目通りの強靭さを誇っているようで、シンプルが故になかなかに厄介な強さを誇っていた。


 ネイドがこの魔鎧獣に変貌したことは偶然ではないのだろう。

 特に戦闘技術に秀でていない彼だからこそ、小難しい技や能力を持つ怪物よりも圧倒的なフィジカルを与える方が強くなれる。


 彼の背後にいる黒フードの考えを読みつつ、その正しさを実感するユーゴは、再び仕掛けられた攻撃を今度は回避すると共にここからの戦いについて考えていった。


(どう攻める? 戦いを長引かせてもいいが、うっかりダメージを受けたらそのまま勝負が決まりかねないところがネックだな……)


 ユーゴとしては、無理に相手を仕留めることなんて考えなくてもいい。最悪、自分は足止めするだけで十分なのだ。

 時間が経てば経つほど、ネイドの状況は苦しくなる。暴動を抑えたマルコスたちや警備隊が駆け付けてくる可能性が高まっていくのだから。


 ただ、問題はやはりサイクロプスと化したネイドのフィジカル……まともに一発食らったらそのまま勝負が決まりかねない攻撃力だ。

 戦いを引き延ばせば、そのうち仲間たちが駆け付けてくれるだろう。しかし、それはネイドのラッキーパンチを受ける可能性が高まることも意味している。


 自分をこの場に行かせてくれた仲間たちは今、街の人々を守るために必死の戦いを繰り広げているだろう。

 その上で、ネイドとの戦いにまで彼らに頼るというのは、ヒーローとしてやることではない。


 自分を信じてくれた仲間たちのためにも……この勝負は、自分が決めるのだ。


「うざってえ! うざってえうざってえうざってえ!! クズが俺の邪魔をするんじゃねえっ!!」


 ユーゴが戦いを長引かせない判断を下したとしても、ネイドの焦りは変わらない。

 彼にとっては早くユーゴを倒さなければ援軍が駆け付ける状況であることは変わりがないわけで、焦りは募る一方だ。


 ユーゴが突くべきはそこ。勝負を急ごうとする相手の気負いを利用する。

 その上で、相手の戦意を刈り取って無力化できれば最上であると考えながら、彼はネイドを迎撃していく。


「ふっ、はぁっ!!」


「がぐっ!? ぐはあっ!?」


 ネイドの攻撃は単調だ。というより、ハンマーの巨大さが災いしてそうならざるを得ないのかもしれない。

 得物をぶん回す、あるいは振り下ろすだけという軌道が見えている攻撃に加えてそのモーションも大振りとくれば、回避もカウンターも難しくなどなかった。


 一撃目、ハンマーを横に振り回す動きを見切ったユーゴがそれを繰り出される前にネイドに接近し、その顎に飛び膝蹴りを見舞う。

 二撃目、急所に痛烈な一撃を食らってよろめく相手に対して、着地と同時に横っ面に裏拳を叩き込む。

 そして、三度目の攻撃。強く握った右拳に魔力を注ぎ込み、威力を増大させたユーゴの正拳突きによって、ネイドは苦悶の呻きを上げながら後方へと殴り飛ばされた。


「がふっ! ごはっ……! ちく、しょう……! 旧式の魔道具しか使えない、群れることしかできない雑魚に、力を手に入れた俺が負けるはずが……!」


「ネイド、お前は確かに力を手に入れたのかもしれない。でもな、強くなってなんかいないんだ。お前は独りになったことで、得た力以上に弱くなってるんだよ」


「何を言ってる? 俺は魔剣を作る技術に加えて、そんじょそこらの魔導騎士に負けない力まで手に入れた! 一人で何でもできる完璧な存在になった俺が、弱くなっているはずがねえ!」


「この世界……いや、どの世界を覗いたって、どこにも完璧な人間なんて存在してないんだ。どんな人間だって、誰かを支えて、誰かに支えられて生きている。俺がこうしてお前の前に立っていられるのも、仲間たちが俺を支えてくれたお陰だ。ネイド、今のお前のことを支えてくれる奴がいるか? 苦しい時やつらい時に手を差し伸べてくれるダチはいるのか? いないって言うのなら……お前は俺には勝てねえよ」


「黙れっ! 旧式で時代遅れの鎧型魔道具しか使えない奴が、偉そうなこと言ってんじゃねえ!!」


 自分が弱くなっているというユーゴの言葉に逆上したネイドが、武器であるハンマーを放り捨てて彼へと殴り掛かる。

 怒りを、憎しみを、屈辱を……負の感情を込めて振り抜いたその拳は、ユーゴの顔面を捉えるかと思われたが、鈍い衝撃と共に響いたのはネイドの呻き声だった。

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