絶体絶命の街を救え!

「なっ、なんなんだ、こいつらは!? いったい何が起きて……ぎゃあっ!?」


「誰か警備隊を呼んで! 私にはもう、何がなんだか……!?」


「見ろ! 蝙蝠の魔鎧獣だ!! こっちに向かってくるぞ!」


「怖いよ、ママーっ!」


 剣というよりかはナイフといった方が正しいであろう短剣を手にした虚ろな雰囲気の人々がそれを振るい、人を傷付け、物を破壊している。

 小さく性能が低いながらもながらも彼らが手にしているのは魔剣、その力は一般人が対抗できるものではない。


 平和な日常を一瞬にして破壊する暴徒たちの凶行にパニック状態になっている人々が悲鳴を上げる中、更に魔鎧獣に変貌したイザークが襲い掛かってきたとなれば、もう彼らに冷静な判断などできるはずがなかった。

 イザークや暴徒たちから逃げ回り、それでも襲われて倒れる人々で広場は阿鼻叫喚の地獄と化している。


「嘘だろ……!? ネイドの奴、どんだけ魔剣をばら撒いてやがったんだ!?」


「と、とにかく、操られてる人たちを抑えないと!」


 ネイドは前々から、いざという時のためにこういった仕込みを済ませていたのだろう。

 正確には黒フードの人物の指示なのかもしれないが、どんな形であれ、彼が自分の悪事が露見した時に備えていたことに違いはない。


 その手段として、何の罪もない人々を大勢巻き込んで傷付けるという方法を取った彼の悪辣さに怒りを燃え上がらせるユーゴであったが、今は目の前の襲われている人たちを救うことに集中すべきだと思い直し、空を飛ぶイザークを迎撃しにかかる。


「イザークっ! 俺の声が聞こえるか!? 頼むから正気に戻ってくれっ!」


「ギギギギキィィィッ!!」


 上空から急降下し、人々を襲うイザークをタックルで弾き飛ばしたユーゴが彼へと叫びかける。

 彼に少しでも人間としての理性が残っていれば、自分の声を聞いて正気に戻ってくれるかもしれない……という期待も虚しく、イザークは甲高い鳴き声を出しながら再び上空へと舞い上がり、人々を襲い始めた。


「マズいぞ、ユーゴ! こいつらの制圧にも、避難の誘導にしても、人手が足りな過ぎる!!」


「私たちが本気で戦ったら広場にいる人たちが傷付いちゃう! でも、本気で戦わなきゃ、イザークもこの人たちも止められないよ!」


 アンヘルもメルトも必死に人々を守り、魔剣に狂わされた人たちを止めようとしてくれているが、苦しい戦いを強いられているようだ。

 特にメルトは逃げ惑う人々が周囲に大勢いるせいで光の剣を飛ばして戦うことを躊躇っており、得意の戦法を取れずにいる。


 フィーが必死で避難を誘導しようとしてくれているが、子供である彼が一人でどうにかできるはずもない。

 ユーゴもまた人々を襲うイザークを止めることで精一杯で、二人の援護も難しい状況だった。


「早くこの人たちやイザークを止めて、ネイドを追わなきゃいけないっていうのに……!」


 このままではネイドにまんまと逃げられてしまう。

 そうなっては、彼が作った魔剣が世界中にばら撒かれることになる。今、自分たちの目の前で起きている惨事が、どこか至る所で多発するようになるのだ。


 それだけはなんとしても止めなければならない。しかし、だからといって襲われている人々を見捨てることなんてできっこない。

 苦悩し、焦り、それでも必死に戦い続けていたユーゴは、その最中に地べたに座り込んで泣きじゃくる一人の子供の姿を目にした。

 そして、その子目掛けてイザークが上空から襲い掛かろうとしていることに気が付くと、大声で叫びながら駆け出す。


「くそっ! やらせるかよっ!!」


「ユーゴ、危ないっ!!」


 抱きかかえて逃げるには時間が足りない。そう判断したユーゴが咄嗟に子供を抱えると、彼を庇うようにして身を伏せた。

 ユーゴの無防備な背中へと突撃を仕掛けるイザークの姿を目にしたメルトの悲痛な悲鳴が響く中、ユーゴはダメージを覚悟して両目を固く閉ざしたのだが……?


「……あ、あれ?」


 ガンッ、という鈍い音が響いた。しかし、それと同時に襲い掛かるはずの衝撃が一切感じられない。

 代わりにイザークのものと思わしき甲高い悲鳴のような声が聞こえたことに気が付いたユーゴが顔を上げ、背後へと振り向けば、そこに自分を庇うようにして立つ一人の男の姿があるではないか。


「ふっ……! どうした? 随分と苦戦しているではないか、よ」


「お前は……っ!!」

 

 その気取った話し方、茶色い髪に見覚えのある後ろ姿、そして……イザークの攻撃を防いだであろう、左腕に装備された

 自分を庇ったその人物の正体に気が付いたユーゴが兜の下で徐々に破顔していく中、振り返った彼が実に得意気な表情を浮かべながら己の名を叫ぶ。


「そうだ! この街を守る黄金の盾にして、貴様の最大の友! マルコス・ボルグが帰ってきたぞ!」


「マルコス! ナイスタイミング過ぎるぞ、この野郎!!」


 破壊された魔道具の修理と怪我の治療のために街を離れていたルミナス学園の生徒、マルコス・ボルグ。

 その彼が、この絶体絶命のピンチに颯爽と駆け付けてくれたことに歓喜するユーゴへと、気取った雰囲気で笑みを浮かべたマルコスが言う。


「久しぶりだな、ユーゴ。どうやらお前の言う通り、絶好のタイミングで帰ってきたらしい。まさか、戻って早々にこんな事件に巻き込まれるとはなっ!」


 ユーゴへと話しながら、自身の背後から襲い掛かってきた魔剣使いの攻撃を防ぐマルコス。

 即座に彼の頭上を飛び越えたユーゴが魔剣使いの手首を掴み、その手からナイフを取り上げる。

 それを取り返そうとする男の腹にマルコスが右拳で重い一撃を叩き込めば、男はそのまま気を失い、動かなくなった。


「やるじゃん! 腕を上げたな!」


「当然だ! 貴様に負けぬよう、部下と共に厳しい訓練を重ねたのだからな! 我が魔道具、ギガシザースも更なる強化を遂げた! 最早今の私はただのマルコスではない! ネオ・マルコスとでも呼ぶべき存在になったのだ! ふっはっはっはっは!!」


 ユーゴとの絶妙なコンビネーションで一人の暴徒を鎮圧したマルコスが堂々と胸を張りながら高らかに笑う。

 全く変わっていない彼の反応に苦笑するユーゴがよくよく周囲を見てみれば、マルコスの取り巻きである二人もまた暴徒たちの鎮圧と人々の避難誘導に加わってくれていることに気が付いた。


「お前が戻ってきてくれて嬉しいよ。サンキューな、マルコス」


「ふっ……! 礼を言われるほどのことでもない。我らは友、互いに助け合って当然なのだからな!」


 頼れる男の帰還に希望を見出したユーゴが、改めてマルコスへと感謝を告げる。

 イザークを援護するためか、段々とこの広場には正気を失った魔剣使いたちが集まってきていたのだが……この場に駆け付けたのは、何もユーゴの敵ばかりではない。


 それを証明するかのように、唸りを上げて飛ぶ斧と共に勇ましい叫びが広場へと轟いた。

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