ネイド、暴走

「ネイド、やっぱりお前が犯人だったんだな」


「どうしてだ? なんでここがわかった!?」


 お互いに変身を解除した二人が睨み合う。

 突如として乱入してきたユーゴがどうやって自分たちの居場所を突き止めたのかとネイドが尋ねれば、彼はポケットからあの通信機を取り出しながらそれを説明してみせた。


「こいつのお陰だよ。これと対になる物をアンも持ってる。少し前に俺がこの片割れを失くしちまったからな、同じことが起きても大丈夫なように、GPS機能……つってもわかんねえか。簡単に言えば、もう片方の通信機がどこにあるのか確認できる機能を追加してたんだ」


「通信機だと……!? 馬鹿な! 連れ去る時に確認したが、アンヘルはそんな物どこにも――!?」


 多少、急いではいたが、アンヘルを工房から連れ去る時にボディチェックは行った。

 どのポケットにも通信機は入っていなかったと叫ぶネイドであったが、アンヘルはそんな彼の前でつなぎ服のチャックを少し降ろして胸の谷間に手を突っ込み、そこからもう片方の通信機を取り出すと、得意気に笑いながらユーゴへと言う。


「な? ここにしまう癖をつけといて良かっただろ?」


「はいはい、そういうことにしといてやるよ。ったく、調子のいい奴だ」


 自身の想像を超えた通信機の隠し場所に唖然とするネイド。

 アンヘル自身には隠していたつもりはなかったのだが、日ごろの癖がいい方向に事態を運んでくれたことを喜ぶ彼女は、再びネイドへと向き直ると厳しい口調で言う。


「ネイド、もう終わりだ。大人しく自首して、罪を償え」


「誰が捕まるかよ! 北に逃げれば迎えが来るんだ! お前たちなんかの言う通りにしてたまるか!」


 降伏勧告を無視して、再び赤黒い鬼へと変身したネイドがユーゴが突き破ったのと反対側の壁を破壊して外へと飛び出す。

 そこそこ高い家から飛び降り、そのまま逃亡を図ろうとした彼であったが、その体に紫に輝く剣が突き刺さった。


「ぐあっ!? こ、これは……!?」


「そう簡単に逃がすわけないでしょ! こっちもあなたの逃走経路は予想済みなんだから!」


 不意打ちを受けたネイドがその痛みに呻きながら顔を上げれば、こちらに狙いを定めるメルトと彼女に付きそうフィーの姿が目に映った。

 どうやら彼女たちは自分の逃げ道を予測して待ち伏せしていたらしい。見事にそれに引っかかったネイドが悔しさに歯軋りする中、ブラスタを纏い、アンヘルをお姫様抱っこしながら飛び降りてきたユーゴが口を開く。


「もうやめろ。じきに警備隊もお前を捕まえるために動き出す。逃げ場所なんてどこにもないぞ、ネイド!」


 ユーゴ、メルト、そしてフィーから自身の魔道具を受け取ったアンヘル。

 魔鎧獣としての力を得たとはいえ、三対一という不利な状況では戦いになった場合、勝つことは難しいだろう。

 それに、時間がかかればユーゴが言うように警備隊も動き出す。そうなれば、自分の逃亡は絶望的だ。


 ネイドは詰んでいると……ユーゴたちは思っていた。

 あとは彼が諦め、抵抗せずに捕まってくれることを祈るユーゴたちであったが、ネイドはそんな彼らの前で不敵に笑い始める。


「ク、ククク……ッ! お前ら、これで勝ったつもりか? 甘いんだよ! 俺がいざって時の切り札を用意してないとでも思ってるのか!?」


「なにっ……!?」


 どうやら不測の事態に備え、ネイドも何かしらの準備をしていたようだ。

 叫びながらある一点を指差す彼の動きに合わせて視線を動かしたユーゴたちは、そちらから近付いてくるある人物の姿を見て、目を丸くする。


「イザーク!? どうしてここに!?」


「アンヘル、もう俺が言ったことを忘れたのか? 魔剣を使う者は、その製作者の思い通りに動くよう細工すればいい……まだ完璧ってわけじゃないが、簡単な命令くらいは聞かせられるよう、こいつに渡した魔剣に細工をしておいたんだよ」


 緊急配備の混乱の隙を突き、見張りの目を盗んでこの場にやって来たであろうイザークの肩を叩きながら人間の姿に戻ったネイドが笑う。

 夢遊病者のように瞳に光を宿していない彼を嘲笑いながら、ネイドが手にしているハンマーでイザークを軽く叩いてみせれば、彼の体に異変が起き始めた。


「うっ!? ぐうっ! あ、ああああっ! ぐああああああああっ!?」


「イザークっ!? ネイド、何をしたんだ!?」


「ちょっと鍛えてやっただけだよ。魔剣の影響をたっぷりと受けたこいつが、もっと相応しい姿になれるようにな!!」


 狂気に満ちたネイドの叫びと共に、苦し気な咆哮を上げるイザークの姿が段々と異形のものへと変貌していく。

 ユーゴたちが唖然としたままそれを見守る中、イザークは鋭い牙と巨大な翼をもつ茶色い人型の蝙蝠へと姿を変えられてしまった。


「どうだ? 裏切り者のこいつに相応しい姿だと思うだろ? 俺を裏切ったこいつに直接罰を下せて、スカッとしたぜ!」


「ネイド……貴様っ!!」


「おいおい、慌てんなよ。まだキレるには早いって……! この街には俺が作った魔剣がばら撒かれてる。何十もの人間が試作品の魔剣を手にしてるわけだ。流石にそいつら全員を魔鎧獣にはできねえが……俺の指示一つで、全てを破壊するために暴れ回るだけのお人形にすることもできるんだぜ?」


「止めろ! そんなことしたら、数えきれない人たちが傷付くことになるんだぞ!」


 隠していたネイドの切り札に、焦りを募らせるユーゴ。

 この街に潜む魔剣の持ち主たちが、一斉に暴れだしたとしたら、その被害は甚大なものになる。


 どうにか説得し、それを阻止せねばと考えるユーゴであったが……ネイドはそんな彼の必死さを嘲笑うかのように、意地悪く宣告してみせた。


「ああ、悪い。イザークを改造する時に、一緒に指示を出しちまってたわ!」


「なっ……!?」


 その言葉に驚愕するユーゴの耳に、人々の悲鳴が響く。

 一つや二つではない。沢山の人々が恐怖に駆られて上げる絶望の声を耳にして周囲を見回す彼へと、ネイドは大笑いした後で言った。


「さあ、どうする? これで警備隊は俺を探すどころじゃなくなったな! そして……これでお前たちも俺を追えなくなる!!」


「ギッ、ギギィッ!!」


 ネイドの叫びを合図として、蝙蝠男に変貌したイザークが街の南方向へと飛び立っていった。

 ああなったイザークが何をするかなんて考えるまでもない。暴走する魔剣所持者が起こす事件でパニック状態になっている街で、更に怪物が人々を襲い始めたりなんかしたら、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されることになるだろう。


「選べよ、ユーゴ……! 俺を追うために街の奴らを見捨てるか? それとも、街の奴らを助けるために俺を見逃すか? 好きな方を選びな!」 


「ま、待てっ! ネイドっ!!」


 アンヘルの制止を無視して、イザークとは逆方向……脱出の手引きをしてくれる相手が待つ、街の北へと逃亡するネイド。

 逃げる彼の背中と、人々を襲うために飛び立ったイザークの後ろ姿を順番に見つめたユーゴは、噴き出しそうになる迷いを振り払うようにして叫ぶ。


「イザークを追うぞ! 襲われてる人たちを助けて、操り人形になってる奴らを制圧するんだ!」


「で、でも、兄さんっ! ネイドを追わないと、あいつが!!」


「わかってる! だが――っ!!」


 ネイドを追うべきだというフィーの意見も理解できる。

 彼が逃げれば魔剣が世界中にばら撒かれ、この街で起きた事件が更に規模を増して各地で起きるようになるのだ。


 それを阻止するためにも、ネイドはここで確保しなければならない。そのことは頭ではわかっている。

 しかし……泣き叫ぶ人々の声を無視して彼を追うことなんて、ユーゴにはできなかった。


「最低でもイザークを止めて、それからネイドを追わなきゃダメだ! そうしないと、沢山の人たちが犠牲になる!」


 暴走する魔剣の使い手たちを捌き、逃げ惑う人々を守りながら魔鎧獣と化したイザークを倒すには、メルトとアンヘルだけでは人手が足りない。

 ネイドを追うためにも、急ぎイザークを制圧すべきだと判断したユーゴがイザークを追って南方向へと駆け出せば、そこで彼や魔剣使いたちに襲われている沢山の人々の姿が目に映った。

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