ヒーローは、ピンチの時にやって来る!

「ネイド、お前……っ!?」


「最高だ! 人を支配する魔剣の力と、気に食わない奴をぶっ潰せるこの力! この二つを組み合わせれば、俺はどんな野望だって叶えられる! 俺は究極の存在に進化したんだっ! ギヒャハハハハハッ!!」


 魔鎧獣に変貌してしまったというのにそのことを喜び笑っているネイドは、もう既に心も化物になってしまっているのだろう。

 魔剣の力に飲まれた人々よりも醜く、そして恐ろしいほどに力に酔い痴れている彼は、そのまま左手でアンヘルの首を掴むとニタリと笑いながら彼女へと言う。


「アンヘル……! イザークの野郎がヘマをやったせいで、俺はもうこの街にはいられない。だが、俺を支援してくれる奴が脱出の手引きをしてくれることになってる。街の北に迎えが来るんだ。お前も、俺と一緒に来ないか?」


「何を、言って……!?」


「お前もわかってるだろう? 魔導騎士も、それを目指してるあの学園の連中も、クズばかりだ。イザークの野郎は強い武器が欲しいってだけで警備隊が回収した魔剣を盗み、俺に複製を頼んできた。あいつだけじゃない。他の連中も自分だけはいい目に遭いたいからってお互いに足を引っ張り合ったり、女を賭けて決闘を行う奴もいる。そんなクズ共のために魔道具を作り続けるのか? そんな奴らに顎で使われてて、悔しくはないのか!?」


 そう言ってアンヘルの首を放したネイドが、彼女に手を差し伸べる。

 共に来いと……そう、言葉と態度で示す彼は、アンヘルへと最後の説得を行った。


「一緒に来い、アンヘル。お前の力は役に立つ。ここで死にたくなければ、俺と共に来るんだ」


 有無を言わせぬ迫力。断れば命を奪うという冷徹で残酷な意思が、ネイドの言葉から感じられる。

 武器もない、身動きもできないアンヘルは、その言葉を真っ向から受けて俯くと、暫し黙った後……体を震わせて、笑い始めた。


「ふ、ふふふ……! あはははははははっ!」


「……何がおかしい?」


「いや、なに……お前ってば思ったより繊細な男だったんだね。男友達に裏切られたくらいでピーピー喚くだなんて、面白おかしいなって思っちまってさ」


「なんだと……!?」


 この状況かで自分の脅しを笑い飛ばすというアンヘルの反応に驚きながら、彼女の言葉に苦虫を嚙み潰したような声で呻くネイド。

 アンヘルはそんな彼へと挑発的な視線を向けると、一切の怖気を見せぬ態度で言い放つ。


「ネイド、お前に二つばかり言いたいことがある。まず一つはな……いつまでも被害者ぶってるんじゃないよ、この矛盾だらけの自己陶酔ヤローが!」


「なっ……!?」


「どいつもこいつもクズばかりだって? だったら、なんでそんな奴を信用した!? 前々から魔導騎士と技師の関係に不満があって、普通科の連中をクズばっかりだって思ってたっていうんなら、どうして普通科のイザークを信用したんだ!?」


 アンヘルに自身の意見の矛盾を突かれたネイドが息を飲む。

 何も言い返せずにいる彼へと、アンヘルは更にこう続けた。


「ネイド、お前は本当はイザークを信用なんかしてなかったんだ。ただ、自分にとって都合のいい相手だから……自分の言うことを聞き、素材を貢いでくれる奴だから仲良くしていた、それだけなんだよ。お前はイザークのことをクズ呼ばわりしたが、お前自身もあいつと何ら変わらない! 利益と打算によって作り上げられた脆い関係性だから、簡単に終わりにさせられたんだ!」


「黙れっ! 俺は、俺は――っ!!」


「ネイド、お前はどれだけ工房の外でイザークと話した? あいつのことをどれだけ知っている? 一度でもイザークと友達になろうと思ったことがあったか? ……ないだろう? それが全ての答えなんだよ、ネイド。お前とイザークは友達なんかじゃない。薄っぺらくて簡単に壊れる関係性だった。本当はお前も気付いてるはずだ!」


 イザークに裏切られた、だから自分は外道に堕ちた……そう語るネイドを、一刀両断に斬り捨てるアンヘル。

 確かにネイドが裏切られたことは事実なのだろうが、最初から二人の間には固い信頼なんてものは存在していない。

 彼はただ、期せずして得た被害者という立場を存分に活用し、自分自身を正当化しようとしているだけなのだ。


 もしもネイドがイザーク以上に素材を貢ぎ、自分の言うことを聞いてくれる生徒と出会っていたら……裏切る立場に回っていたのは彼の方だっただろう。

 最初からそういう関係だったというのに、自分が切られた時だけ被害者ぶって大騒ぎするのはやめろというアンヘルの言葉に、ネイドが怒りを募らせていく。


 そんな彼の怒気にも怯まず、真っ向から睨み付けながら、アンヘルは二つ目の言いたいことをぶつけてやった。


「もう一つはな……この学園にいるのは、クズだけじゃないってことだ。少なくともアタシの傍にいるのは、そういうのとは無縁のお人好しさ」


「ユーゴのことか? ハハッ! 笑わせるな! あいつこそ、クズ中のクズじゃあないか! あいつが今までなにをしてきたのか、もう忘れたのか!?」


「確かにユーゴはクズ呼ばわりされても仕方のないことをしてきたのかもしれない。だがな、ネイド……お前は今のあいつのことをどれだけ知っている? あいつが魔物の想いを汲んで、友になろうとしたことを知っているか? あいつが自分を捨てた人間のために自分を犠牲にできる人間だってことを知っているのか? あいつが誰かを救うために、危険を承知で戦える人間だってことを知っているか? そして、あいつがどれだけアタシのことを信じてくれているのかを知っているか? 知らないのなら、二度とあいつをクズ呼ばわりするんじゃない!!」


「っっ……!?」 


 目の前にいるアンヘルが放つ威圧感に押されたネイドがたじろぎながら息を漏らす。

 武器を持たない、身動きもできない、自分より圧倒的に弱いはずの少女に臆しているという事実に戸惑う彼へと、アンヘルが自身の想いと魂をぶつけ続ける。


「今のユーゴは真っ直ぐだ。沢山の人たちを守るために戦い続けてる。アタシはそんなあいつを最高の魔導騎士にしたい。どんな敵をも打ち倒し、この世界の人々を守り抜けるヒーローになる手助けをしてやりたい。アタシもあいつもまだまだ未熟さ。だけど、こんなアタシのことを全力で信じて、命を預けてくれるあのお人好しを裏切ってお前の言いなりになるくらいなら……ここで殺された方が何千倍もマシだ!」


「……そうかい。なら、望み通りにしてやるよ。まあ、俺は命乞いするお前の姿が見たかっただけで、なんて答えたって殺すつもりだったんだがな! ギヒャハハハハハッ!!」


 アンヘルに押されていた自分自身をごまかすように、自分が圧倒的に優位であることを誇示するように……ネイドが狂ったように笑いながら叫ぶ。

 用意してあった魔剣を取り出した彼はそれをアンヘルへと見せつけながら、彼女を怯えさせるような口調で言う。


「さあ、今からお前の生命力をこの魔剣で吸い取ってやる。お前の命と引き換えに、どんな魔剣が完成するか……今から楽しみだぜ! ギャハハハハハハッ!」


「………」


 アンヘルを怯えさせるための脅しを口にしながら、未完成の魔剣を彼女へと近付けていくネイド。

 その切っ先が彼女の胸に触れようとしたその瞬間……口を開いたアンヘルがこんなことを言う。


「……最後にもう一つ、お前に言いたいことを思い出した」


「ああ? なんだよ? 命乞いの言葉か?」


 不意に口を開いたアンヘルを嘲笑いながら、ネイドは彼女の話に耳を傾けた。

 そんな彼に対して、ゆっくりと深呼吸をした後で、アンヘルは軽い口調でこう告げる。


「仲間がピンチの時には必ず駆け付ける、それがヒーロー……だってよ」


「はぁ? お前、何を言って――っっ!?」


 意味不明なその言葉に対するネイドの返答は、最後まで紡がれることはなかった。

 彼が話している最中に、彼のすぐ横にあった壁が音を響かせて崩壊したからだ。


 薄暗い室内に陽光が差し込み、それと共に真っ黒な何かが飛び込んでくる。

 轟音に驚き、そちらを向いたネイドは、その真っ黒な何かが放つ叫びを耳にして、驚きの表情を浮かべた。


「ブラスタァァァッ・キィィィィクッッ!!」


「ぐおおおおあっ!?」


 その叫びを耳にした瞬間、体にすさまじい衝撃を覚えたネイドは勢いよく吹き飛ばされてしまった。

 反対側の壁に叩きつけられ、魔鎧獣への変身も解かれてしまった彼が顔を上げれば、黒い鎧を纏った憎き人物の姿が目に映る。


「悪かったな、アン。ちっとばかし遅くなった」


「全くだ。お陰で長々とおしゃべりする羽目になっちまったじゃないか」


 拘束を解き、自由にしたアンと軽口を叩き合うその男が、ゆっくりとネイドへと振り向く。

 よろめきながら立ち上がったネイドもまた、彼を睨み付けながら……鎧を解除したその男の名を唸るようにして叫んだ。


「ユーゴ・クレイ……! よくも、俺の邪魔を……!!」

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