side:イザーク(身勝手が過ぎる男の話)

「こんな時間にわざわざ呼び出しやがって……どうしたんだよ?」


「すまない。だが、君にどうしても見せたい物があるんだ」


「あん? なんだよ、それ?」


 深夜、人気のない工房にネイドを呼び出したイザークは、興奮を抑え切れない雰囲気で不満気な彼へとそう答える。

 その態度と意味深な言葉に顔をしかめたネイドは、彼が周囲を確認してから作業台の上に置いた物を見て、目を丸くした。


「こ、こいつは……!?」


「君にもわかるかい? この剣に秘められたすさまじい力が……! 流石、超一流の魔道具技師だ」


 ネイドの反応に満足気な笑みを浮かべたイザークが、上機嫌に彼を褒め称える。

 やや傷付いた、一見するとどこにでもありそうな剣。だがそれが普通の代物ではないということは、彼も十分に理解していた。


 ほんのりと漂う赤黒い魔力を刀身に纏ったその剣は……バッツの心を狂わせ、彼に強大な力を与えた魔剣。

 そう、警備隊の下から魔剣を盗んだのは、イザークだったのである。


(最高だ……! これこそが僕が求めていた物! 僕を孤高の英雄にしてくれる、最強の武器だ!)


 ユーゴに対する違和感を探るために彼を見張っていたのだが、まさかこんな拾い物をするとは思わなかった。

 ユーゴたちと戦うバッツの姿を見たイザークは、ただの一般人である彼に魔導騎士見習い二人と互角に戦わせるまでの力を与えたこの剣に完全に魅了されると同時に、なんとしてでもこれが欲しいと思った。


 呪いの魔道具、だなんて、実に厨二心をくすぐる品ではないか。

 伝説の英雄となる人間は、そういった呪われた武器を使いこなしてこそ名前に箔がつくというものだ。


 それに、双剣の技量を最高ランクまで上げてもらった自分が魔剣を使えば、正に鬼に金棒。

 以前に辛酸を舐めさせられたブルゴーレムも、他の転生者たちだって、敵ではなくなる。


 そう考えたイザークはいつも通りに【隠密】のスキルを使って警備隊を突破し、管理されていた魔剣を盗み出して……今、こうして、ネイドにそれを披露しているというわけだ。


「……俺にこいつを見せて、どうするつもりだ? お前は、俺に何を求めてる?」


「簡単だよ。こいつを複製してほしい。見た目を変えて、僕が使うための双剣に改造してほしいんだ」


 緊張が声に出ているネイドへとそう告げながら、ニヤリと笑うイザーク。

 その答えを聞いたネイドが押し黙る中、彼はこう続ける。


「大丈夫、君ならできるさ! 君は優秀な魔道具技師、僕が知る限りナンバーワンの実力を持っている! そんな君だからこそ、僕はこの秘密の仕事を頼むんだ。友達として、良きパートナーとして……僕の頼みを聞いてくれるよね?」


「……ああ、わかった。お前にそこまで頼まれちゃ、断るわけにもいかねえよな」


 どこか観念したようなため息を吐きながら自分の頼みを承諾するネイドの反応に、イザークが心の中で笑みを浮かべる。


 所詮はゲームの中のキャラクター、危ない仕事だと理解していても、好感度が高い相手からの頼みは断れない。

 ちょくちょくネイドからの頼みを聞いたり、彼にプレゼント攻撃を仕掛けておいて良かったと心の底から思うイザークは、しかし同時にこんなことも考えていた。


(これ、やっちゃっていいのか? ゲームの進行に影響が出る可能性もあるよな……?)


 『ルミナス・ヒストリー』内で主人公が魔剣を手にする展開はあるにはあるものの、こんな序盤に魔剣を入手するイベントはイザークが知る限りはなかったはずだ。

 そもそも、イザークが魔剣を手に入れた方法もどう考えても正規の手段ではないのだが……と考えたところで、彼はそういった思考を放棄する。


(別にこのくらい大丈夫だろ! っていうか、そもそもゼノンのせいでゲームの進行に影響が出てるわけだし、今さらだしさ。言うなればこれは! 賢い僕が見つけた独自のチャートってことさ!)


 裏技。グリッチ。バグ活用。言い方は複数あるが、ゲームをプレイする際にゲームの穴を突いて予想外の方法での攻略を見せるゲーマーなんていうのは山ほどいる。

 やり込みもRTA走者もそう。時に信じられない方法で驚愕のゲーム攻略をしてみせる彼らの活躍を、イザークこと有藤勲ありとう いさおは何度も見てきた。


 自分のやっていることは彼らと同じだ。あくまでゲーム側の穴を突いて攻略しているだけで、悪いことは何もしていない。

 だから大丈夫、自分は悪くない。問題なんて、何一つとして存在していないのだ。


「材料に関してはお前がくれた物でどうにかしてみる。まあ、少し待ってろ。最高の双剣を作ってやるからよ」


「期待してるよ、ネイド。君は最高のパートナーだ」


 偶然、魔剣を見つけることができたという運。ここまで高めてきたネイドの好感度。そして、自分自身のステータス。

 何もかもが嚙み合っている。全ては、自分にこの日を迎えさせるために築き上げてきたものだという感覚がある。


(やっぱり僕は主人公に、英雄になるべくして転生した男なんだ! 新しい武器が完成したその時から、僕の英雄譚が始まるんだ!)


 バラ色の未来、全ての人々が自分を崇める光景を想像したイザークが期待を弾ませながら満面の笑みを浮かべる。

 カツン、カツンという金属音が響く中、彼はその瞬間の到来と究極の武器の完成を今か今かと待ち続けるのであった。

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