side:主人公(損得勘定で動く男の話)

「はあ……?」


 そんな叫びと共に自分と骸骨馬との戦いに割って入ってきた男の姿を目にしたイザークが理解できないといった表情を浮かべながら疑問の声を漏らす。

 両腕を広げ、魔物を庇うように自分の前に立ちはだかる赤髪の青年……ユーゴ・クレイは、そんな彼へと必死に訴えかけてきた。


「頼む! こいつは悪い奴じゃあないんだ! この場とこいつは、俺に預けてくれないか?」


「……お前、馬鹿じゃないの? 自分が何を言ってるかわかってる? 僕に、魔物を見逃せって言ってるわけ? 信じられないんだけど」


「確かにこいつは魔物かもしれねえ。だけど、昨日俺を助けてくれたダチなんだよ。俺にはそのダチのピンチを見過ごせねえ。だから頼む。この場は俺に免じて、剣を収めてくれ」


「ダチ……? ははっ! 何を言うのかと思えば、こいつはまあ……!!」


 自分に頭を下げて懇願するユーゴの言葉を嘲笑するイザーク。

 ソロプレイを信条とする彼にとって、友達という存在を大切に思うユーゴの発言がおかしいというのもあったが……それ以外にも、ユーゴの言葉の中には彼にとって馬鹿としか思えない部分がある。


 ゲームキャラであるユーゴが友情を語っている部分だとか、そもそも人間が魔物を友達だと言ってのけた部分だとか、そういったところがおかしいとしか思えないイザークは、ユーゴを見つめながら侮蔑の笑みを浮かべていた。


同士、通じ合うものがあるってことなのかな? まあ、だからといってこいつの言うことを聞くつもりなんてこれっぽっちもないけどね!)


 ユーゴが頭を下げる姿という面白いものは見れたが、だからといって彼の頼みを聞くつもりなんてさらさらない。

 大嫌いなクズの願いを断るなんて当たり前の話であるし、自分の目的はここでこの魔物を倒して入手できるドロップアイテムなのだから、それを諦めるわけがないのだ。


 ユーゴが自分の邪魔をするのなら、斬って捨ててしまえばそれでいい。

 ゼノンがシナリオを無視したせいで彼の運命も変わってはいるが、ここで退場させてしまっても別に問題はないだろうし……と考えていたイザークであったが、直後にそんな彼の気が変わる出来事が起きる。


「兄さんっ! 兄さ~んっ!!」


「何やってるのユーゴ!? そんなことしちゃ危ないよっ!」


「うん……? あっ、あれは……っ!?」


 こちらへと叫びかける必死な声を聞いてそちらへと顔を向けたイザークは、そこに立つある人物の姿を見て、血相を変えた。

 そこにいたのはユーゴの弟であるフィーと、『ルミナス・ヒストリー』の人気キャラでありながらゼノンの勝手な行動のせいでパーティに加えることができなくなってしまったメルト、そして……つなぎ服を着た、オレンジ色の髪をした美少女。


 イザークがエンカウントを渇望し続けていた魔道具技師のアンヘル・アンバーだ。


 ようやく彼女に出会えたことを喜ぶイザークであったが、同時に何故彼女がユーゴのパーティとでもいうべき二人と一緒に行動しているのかという疑問も湧いて出てきた。

 こちらへと駆け寄ってくるアンヘルたちの姿を見つめながら、彼女が銀色のブレスレットを手にしていることを見て取ったイザークは様々な疑問を抱くも、ここで彼は自分がどうすべきかを改めて考えていく。


(理由はわからないが、アンヘルはユーゴの仲間みたいだ。なら、クズユーゴの好感度を稼いでおけば、同時にアンヘルの好感度も上がるんじゃないか……?)


 別にユーゴに好かれたいとは思っていなかったし、彼の頼みを聞いて骸骨馬を見逃すなんてことをするつもりはなかったが……背後にアンヘルがいるのなら話は別だ。

 ここでユーゴの頼みを断って骸骨馬を倒してしまったら、彼女の機嫌を損ねることになるかもしれない。そうなったら、彼女に専属技師になってほしいという自分の望みが叶わなくなる可能性もある。


 逆にここでユーゴに恩を売っておけば、それを理由にアンヘルに仕事を頼めるだろう。

 欲しているアイテムに関しても、別にここで骸骨馬を倒さなければ手に入らないというわけではない。クエストをクリアさえすれば、どちらにせよ入手できるのだ。


 効率を考えてここで骸骨馬を倒す方がいいと考えていたイザークであったが、アンヘルの登場がそのチャートに変化をもたらした。

 単純にアイテムを入手するだけでなく、彼女の好感度を稼ぎつつアイテムも手に入れるという方向に考えがシフトしたのである。


「……わかった、いいよ。この戦いから手を引いてあげる」


「ほっ、本当か!?」


「ああ。その魔物も隙だらけの君や話してる僕を攻撃せず、じっとしてるしね。そいつのことは一旦君に預けてあげるよ」


「ありがとう! 本当にサンキューな!」


 考えを変えたイザークはユーゴの頼みを聞き入れ、骸骨馬を彼に預けることにした。

 それと同時に、自分の手を取って感謝を告げるユーゴを適当に相手した彼は、成り行きを見守るアンヘルへと近付くと、すれ違いざまに彼女の肩を叩きながら言う。


「君と会えて嬉しいよ、アン。機会があれば、ゆっくり話でもしよう。じゃあね」


 ちょっとしたミステリアスさを醸し出しつつ、そう言い残してこの場を去っていくイザーク。

 彼としては、謎めいた凄腕の剣士としての自分を演出して、アンヘルの興味を引こうという目論見があったのだが……?


「……妙に馴れ馴れしい奴だな、あいつ。初対面の相手をあだ名で呼ぶなんて……」


 その目論見は綺麗に外れ、流石のアンヘルも若干引き気味の様子を見せている。

 ユーゴでもメルトでもなく、自分にピンポイントで声をかけてきたイザークの態度を訝しむ彼女であったが、まあ今はそんなことどうでもいいかと考え直すと、骸骨馬ことスカルとコミュニケーションを取ろうとしているユーゴへと声をかけた。


「ブラスタを届けに来てみれば……どういう状況だ、これは? あんたも魔道具なしに無茶するね、ユーゴ」


「そうだよ! 理由があるのかもしれないけど、武器も持たずに魔物の前に出るだなんて危険過ぎるって!」


「……いや、武器を持ってないからこそ、俺はこいつの前に出なきゃならなかったんだ。友達として、お前のことを信じてるってことを言葉だけじゃなくて行動で示す必要があったからな」


「………」


 アンヘルとメルトにそう言いながら、昨晩とはまた変化した、その名の通りの骨のみの姿になっているスカルへと視線を向けるユーゴ。

 その言葉と眼差しを受けたスカルは微動だにしないまま彼を見つめ返している。


「ついて来てくれ、スカル。少し、牧場で話をしよう。大丈夫、話はつけてあるからさ」


「……ヒヒッ」


 小さくいななくことで承諾の返事をしたスカルが、先導するユーゴの後をついて歩いていく。

 仲間たちもその様子に驚き、顔を見合わせながらも、とりあえずといった様子で彼の後を追って牧場へと向かっていくのであった。











「……あ、あの~、隊長? なんか勝手に戦いが始まって、勝手に終わっちゃったんですけど……?」


「う、う~む……?」


 一方、成り行きを黙って見守っていた警備隊はというと、学生たちが勝手に事を進めてしまったことに困惑していた。

 イザークの登場から何一つとして状況が理解できずに麻痺していたせいで完全に出遅れてしまったことを自覚している隊長は、部下からの言葉に唸りを上げた後で、体裁を保つために彼らへと指示を出す。


「と、とりあえず、あの魔物と生徒たちには監視をつけろ。他の者たちはいつ、何があってもいいように警戒態勢を取りつつ、待機! いいな!?」


 それっぽい指示を出し、その通りに動く部下たちを見つめながら頷く隊長であったが……残念ながらその姿は、明らかにシナリオ内でギャグを担当するモブキャラのそれであった。

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