side:主人公(効率重視な男の話)

「全員、油断するなよ。奴がいつ姿を現すかわからない。気を抜かず、迎撃態勢を整えておくんだ」


 翌日の昼過ぎ……骸骨馬の出現に備え、防衛線を構築している警備隊の隊長は、そう部下たちへと声をかけた。

 その言葉通り、どのタイミングで魔物が出現するかなんてのは誰にも予想がつかない。自分たちにできるのは、その時がいつ訪れても大丈夫なように態勢を整えておくことだけだ。


 先日は骸骨馬の撃退には成功したが、正直にいえば負け戦に等しい内容だった。

 魔物を完全に討伐できなければ、この先にある集落の人々も安心して生活できないだろう。


 人々の命と暮らしを守る魔導騎士。その末端ともいえる警備隊としての仕事に誇りを持つ彼が、使命感を燃やしながら部下たちの様子を確認していると――?


「うん……?」


 ――その中に一人、見覚えのない人間がいることに気が付いた。

 上から下まで、着ている服は全て黒一色。背中に得物と思わしき双剣を背負ったその青年は、若者というより子供にしか見えない。


「き、君、ここで何をしているのかね? この一帯は封鎖中だ。今は危険な魔物が出現するから、早くこの場を離れて……」


「知ってるよ。だから僕はここに来たんだ」


「はぁ……?」


 どこかから紛れ込んだその青年……イザークへと声をかけた警備隊長が、彼の返事を聞いてわけがわからないといった表情を浮かべる。

 そんな相手の表情を一瞥したイザークは、小さく鼻を鳴らすと共に相手の言葉を無視して草原を見渡すように視線を向けていった。


「……そろそろだな」


 このクエストに関しては内容を熟知している。ここで手に入る報酬もだ。

 序盤ではありがたいとあるアイテム。その入手を目的としてここまでやって来たイザークは、自分の【隠密】スキルの効果を確認しながらほくそ笑む。


(習得しておいて良かったな。ここまで誰にも呼び止められなかったし、このおっさんに見つかったのも敢えてスキルを解除したからだしさ)


 自身の気配を消すことで敵に察知されにくくなったり、相手からの攻撃を回避しやすくなる【隠密】スキルは、生前『ルミナス・ヒストリー』をプレイする際にイザークが愛用していたスキルの一つだ。

 ゲームの枠組みを超え、こうして戦闘やフィールド探索時以外にもそのスキルの効果を発動できることを確認した彼は、思っていた以上に有用なスキルの効果に満足している。


 少し下品な発想だが、このスキルを使えば覗きや盗みなんかもやりたい放題になるんじゃないかな~だとか、だけどそんなことは英雄として相応しくない振る舞いだからやめておいた方がいいよな~だとかの下らないことを考えていた彼は、こちらへと近付く気配を察知してニイッと口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。


「来た来た。時間もバッチリだな」


 朝日を浴びながらこちらへと駆けてくる魔物……骸骨馬ことスケルトンホースの姿を目にしたイザークが楽しそうに呟く。

 クエストの肝となる存在の登場を喜ぶ彼は、いち早く敵の存在を検知すると共に相手に向かって駈け出していった。


「食らえっ! 【連武斬】っ!!」


「グンッ!!」


 高い俊敏のステータスを活かして骸骨馬へと急接近したイザークが、戦闘スキルを発動しながら双剣を振るう。

 右と左、両手に握った剣を腕を開くようにして水平斬りを繰り出せば、予想外の速度に不意を打たれた骸骨馬の口から呻きに近しい声が漏れた。


「あの青年、速いっ! ああも容易く奴に一撃を与えるとは……!?」


「し、しかし、何者なんだ? 民間人……なのか?」


(ああ……っ! これだよ、これ! 突如として現れた凄腕の剣士に対する尊敬の眼差しと言葉! きんもちいい~っ!!)


 ゲームでの戦闘では伺うことができない、周囲の人々の反応。

 主人公である自分が危険な魔物と戦う傍でその戦闘を見守っている人々がこんなふうに自分のことを噂する様は、イザークの心に堪らない愉悦を感じさせてくれていた。


 警備隊が総出で戦っても苦戦する魔物と、たった一人で互角以上に打ち合っている謎の剣士、それが今の自分だ。

 この世界ではモブキャラとはいえ、その道のプロでもある魔導騎士たちから尊敬にも近しい念を寄せられるのは悪い気分ではないと思う彼に対して、骸骨馬が反撃を繰り出す。


「ヒヒーンッ!!」


「おっと!? 危ない、危ない……!!」


 火炎による広範囲攻撃を高い俊敏を活かして何とか回避する。

 相手と距離を取り、真っ向から睨み合う形になったイザークは、笑みを浮かべながら骸骨馬の様子を窺う。


(悪いけどさ、お前にはここで死んでもらうよ。そっちの方が楽だもんね……!!)


 このクエストの結末は、プレイヤーの選択によって二つに分岐する。

 その分かれ道となるのがこの戦い……ここで骸骨馬を倒すか否かで、ストーリーが変化するのだ。


 ここで骸骨馬を殺さなければ、グッドエンディングのストーリーに入るわけだが……イザークが欲している報酬は、ここで骸骨馬を撃破しても手に入る。

 グッドエンディングを目指す場合、ここから更に面倒な戦闘を一つこなさなければならないわけで、経験値稼ぎにしても効率が良くないそれを行うのは彼にとって億劫なことであった。


 イザークが求めているのはあくまでこのクエストの報酬であって、完璧なエンディングではない。

 効率を考えれば、ここで骸骨馬を倒して、目的の品を入手して退散した方がいいだろう。


 その目的さえ達成できれば……骸骨馬がどうなろうとも、警備隊やこの平原を訪れた人々、近辺の集落に住む者たちがどうなっても構いはしない。

 所詮、そいつらはモブキャラだ。名前も顔も知らない、自分の人生に関わることもない人間のことなど知ったことではないのだから。


(サクッとこいつを倒して、ドロップアイテムをゲットしちゃお~っと! 効率は何よりも大事、ってね!)


 特に罪悪感を抱くこともなく、さっさと骸骨馬を屠って仕事を終わらせてしまおうと考えるイザーク。

 警備隊の面々からの驚嘆と尊敬の念を感じながら、彼が気持ち良く双剣を振るおうとした、その時だった。


「待ってくれ! そいつと戦うのは止めてくれ!」

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