魔物と友達になりにきた男

 ――草原のど真ん中に、その馬は立っていた。

 月明かりだけが照らす薄暗い草原の中で、その馬は闇に溶けるような黒い体と闇を照らす炎という両極端な二つを纏っている。


 昼に見た時は骨だけだったその馬は、今や立派な風格を持った一頭の黒馬と化していた。

 蹄とたてがみと尾に赤く燃える炎を灯したその馬は、何をするでもなくたった一頭で自分がやって来た方向の大地を見つめている。


「よう、探したぜ。そっちがお前の本当の姿なのか?」


「……!」


 不意に、どこか能天気さを感じさせる声が暗い草原に響いた。

 わずかに顔を動かしてその声のした方向へと視線を向けた彼は、自分の方へと歩み寄る一人の青年の姿に目を細める。


「よっ! 昼間ぶりだな。そん時とは随分と姿が変わってるが……蹄の炎はそのままだ。お前、昼間にこの辺で走り回ってたあの骸骨馬だよな? 違うとは言わせねえぞ~?」


「………」


 自分を恐れもせず、親し気に声をかけてくるその青年の言葉に骸骨馬がふんっ、と鼻息を鳴らす。

 しかし、それでもその青年に向ける視線を逸らさずにいる彼へと、青年は二度ほど胸を叩いた後で堂々と宣言してみせた。


「俺はユーゴ・クレイ! お前とダチになりに来た! 暇だろ? 俺と話でもしようぜ!」


「……?」


 こいつは何を言っているんだ? とばかりに怪訝な表情を浮かべる骸骨馬……いや、今は骸骨ではないので黒馬とでもいうべきだろうか?

 ユーゴの方も色々と思うところがあったのか、少し悩んだ後で馬へとこう言葉をかける。


「いつまでもお前~とか、馬~って呼ぶのも妙だし、とりあえず名前を付けようぜ。そうだなあ……シンプルに骸骨の馬だからスカルでどうだ?」


「ブルッ……」


「よし、お前は今からスカルな! 格好いい名前じゃあねえか! ハードボイルドな雰囲気にぴったりだぜ!」


 名前なんて興味がないのでどうでもいいとばかりに小さな唸りを上げた黒馬……スカルへと、楽し気に語り掛けるユーゴ。

 なんとも変な人間だとスカルが冷ややかな視線を向ける中、彼は本題へと話を進める。


「なあ、スカル。お前、昼間に俺のことを庇ったよな? あれ、偶然じゃあないんだろ?」


「………」


 問いかけに対して、スカルは特に反応を見せることなく無言を貫いている。

 しかしユーゴはそんなことをおかまいなしに矢継ぎ早に質問を投げかけていった。


「どうして俺を庇ったんだ? そんなことをする必要はなかっただろ?」


「………」


「なんでここに来て、あんな派手な騒動を引き起こしたんだ? 何か理由があるのか?」


「………」


「……少し前、ここからちょっと離れたところで馬の死体が見つかったみたいだけど……それをやったのは、お前なのか?」


「……!!」


 何も答えず、無反応を貫いていたスカルが、その質問にだけ僅かに体を震わせた。

 強い視線を自分へと向ける彼の反応を見て取ったユーゴは、小さく頷くと共にぼそりと呟く。


「……やっぱそうか。あれはお前の仕業じゃあないんだな。なんとなく、そんな気がしたよ」


「………」


 確証を得ることができたとばかりに安堵の笑みを浮かべたユーゴがスカルの隣に並ぶように腰を下ろす。

 夜空を見上げたまま、彼は種族を超えた友達へと自分のことを語り始めた。


「俺もお前と似たようなもんでさ。クズだのなんだの人から言われてるんだ。まあ、自分の……いや、正しくは自分じゃあねえんだけど、過去の行いが悪かったせいで謂れのない嫌疑をかけられることもあった。だからなんとなくわかるんだよ。お前も周りから誤解されてるんだなって、そう思った」


「………」


 自分の境遇に理解を示す人間の背中をじっと見つめるスカル。

 ユーゴはそんな彼の方へと振り向くと、今度は空洞ではない彼の瞳を見つめながら言う。


「お前が凶暴な魔物だったら、俺は今頃無事じゃいられねえ。こうして俺を襲わないことが、お前が危ない奴じゃないってことを証明してる。だったら、俺を庇ったのも偶然じゃあないんだろう。お前はいい奴だ、スカル。ただ一つだけわからないのが、どうしてお前がここで暴れたかってことだ。何か理由があるんだろ? それを教えてくれよ。このままじゃお前、危ない魔物として討伐されちまうんだぞ?」


「………」


 自分に真っ直ぐな視線を向けるユーゴの姿を目にしたスカルが、両目を閉じて顔を引く。

 何かを思い返すような素振りを見せる彼のことを見つめ続けるユーゴの前で、スカルは静かにこの場から立ち去るべく、脚を動かし始めた。


「……行くのか? でも、この草原には残るんだろ? だったらまた明日会おう。今度こそ、お前のことを教えてくれ」


「………」


 人と魔物、種族を超えた一人と一頭が会話をすることなんてできるはずがない。

 現にスカルはほぼ無言のままで、ユーゴに何かを伝えようという意思を見せてはいなかった。


 それでも……ユーゴは彼の意思を汲み取ろうと、スカルが何を思っているのかを感じ取ろうと一生懸命になっている。

 変な人間だと、スカルは思った。ただ、嫌な気分ではないなとも思った。


「俺はお前に助けられた! ダチとして、その恩は必ず返す! だから俺にできることがあったら何でも言ってくれ、スカル!」


 立ち去るスカルの背にそう呼び掛けながら、ユーゴは彼を見送り続ける。

 未だに謎は残っている。だが、一歩前に進むこともできた。


 自分だけの意思ではなく、相手からもそう思ってもらえるように……スカルと正真正銘の友達になってみせると固く誓った彼は、いつまでも黒馬の背を見つめ続けるのであった。

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