変身できない!?

「総員、迎撃態勢を取れ! 奴をここで止めるぞ!」


 指揮官と思わしき男性の叫びと共に、警備隊員たちがそれぞれ武器を手に取る。

 剣を構え、指輪に魔力を注ぎ、そうやって魔道具を使う準備を整えた彼らは、接近する骸骨馬に向けて攻撃を繰り出していった。


「フッ、フッ、フッ……!!」


 ある者が剣を振るえばその斬撃が魔力の刃となって飛び、またある者は火球を作り出してそれを放つ。

 しかし、骸骨馬はそれら全てを軽やかな動きで回避すると、一息に跳躍して警備隊のすぐ近くに着地してみせた。


「うわああっ!?」


「ぐっ……!! この魔物めっ!!」


 着地の地響きと共に蹄から噴射した炎に吹き飛ばされた警備隊員が悲鳴を上げる。

 部下がやられたことに怒った指揮官が腰の剣を抜いて立ち向かうも、骸骨馬はその剣を後ろ脚で蹴り飛ばしてしまった。


「おいおい、まるで相手にならねえじゃねえか。このままじゃヤバいだろ!」


 機動力にパワー、技巧に加えて火炎による範囲攻撃まで可能と選り取り見取りな能力を持った骸骨馬には、警備隊の面々も苦戦しているようだ。

 彼らを助けるべく飛び出そうとしたユーゴは、そこでいつもは自分の左腕に着けられている腕輪が無いことを思い出して血相を変えた。


(しまった~っ! 俺、ブラスタ持ってないんだった~っ!!)


 現在ブラスタは遠く離れたルミナス学園にて調整中で、ユーゴの手元にはない。

 当然ながらブラスタがなければユーゴは変身できないし、戦うことだってできはしない。


 ヒーローものの定番である、変身不可能な状況で敵に遭遇するという大ピンチな展開に直面したユーゴが顔を青ざめさせる。

 こんなことになるんだったらアンヘルにブラスタを預けるんじゃなかったと、っていうか自分はどこに出掛けても何かしらのトラブルに巻き込まれている気しかしないなと、そんなことを考えた時だった。


「誰かっ! 誰か助けてくださいっ!」


 女性の悲痛な叫びがユーゴの耳に届く。

 ただならぬ雰囲気のその女性は警備隊と骸骨馬が戦闘を繰り広げている付近を指差すと、涙を浮かべた表情のまま、必死な声を上げた。


「息子がまだあそこにいるんです! あのままじゃ、大怪我をしてしまうわ! 誰か、どうかあの子を助けてっ!!」


「何だってっ!?」


 驚いたユーゴが母親の指差す先を見てみれば、確かにそこには体を縮こませて震える少年の姿があるではないか。

 親と離れて行動していたところにこんな騒動が起きてしまったのかと理解したユーゴは、その瞬間に彼の下へと走り出していた。


「む、無茶だっ! 危ないぞ、ユーゴくん!」


 背後から響く牧場主の制止の声を聞きながらも、ユーゴは足を止めない。一目散に助けを求める少年の元へと駆けていく。

 たとえ危険があるとわかっていても、ここで子供を見捨てたら自分にヒーローを名乗る資格なんてない。そもそも、助けを求めている人間に手を伸ばさなくて何がヒーローだ。


 ただ困っている人を助けるという純然たる善意のみで動いたユーゴは、炸裂する魔力の奔流に体を煽られながらもどうにか少年の元に辿り着いた。

 蹲っている彼の肩を掴み、元気付けるように寄り添いながら、彼へと必死に声をかける。


「君、大丈夫か!? 怪我はない!?」


 その声に顔を上げた少年がこくんと頷いてみせる。

 どうやら動けなくはなさそうだが、問題はここから安全地帯までの移動だ。


 行きはよいよい、帰りは怖い……この子の下に駆け付けるのは自分一人で済んだが、戻るにはこの子を連れて戦闘地帯を駆け抜けなければならない。

 足の遅い子供を連れての移動は危険を何倍にも膨れ上がらせる。慎重にタイミングを計って動かなければ……と、ユーゴが緊張を高めた、その時だった。


「っっ! ヤバいっ!」


 遠くから固唾を飲んで状況を見守っていた観衆たちの悲鳴が響く。

 ユーゴたち目掛けて、それた火球が飛来していったのだ。


 間違いなく直撃コースだと、自分一人ならばどうにか回避できるが、子供を連れてはそうはいかないと判断したユーゴは咄嗟に自分の体を盾にして、迫る攻撃から少年を守ろうとしたのだが――


「えっ……!?」


 ――ユーゴに直撃するはずだった火球は、彼ではない何かに当たって消滅した。

 少年を庇ったユーゴは、更に別の存在に庇われたことに驚き、その何かへと視線を向ける。


 警備隊と戦闘を繰り広げている骸骨馬……彼がそこにいた。

 わざわざ当たらない攻撃を受けに移動して自分を庇った魔物の行動にユーゴが困惑する中、彼と少年の存在に気付いた警備隊長が部下たち指示を出す。


「攻撃、止めっ! あそこに逃げ遅れた民間人がいる! 救出を優先するんだ!」


「……グッ!!」


「あっ!? ちょっ、お前っ!!」


 警備隊員がこちらへと接近する様子を目にした(とはいっても目はないのだが)骸骨馬が小さくいななくと共に大地を蹴る。

 その寸前、彼がこちらへと顔を向けた瞬間に見つめ合ったユーゴは、何か違和感のようなものを覚えて骸骨馬を呼び止めようとしたのだが……その制止を聞くはずもなく、彼はあっという間に走り去ってしまった。


「あいつ、俺たちを守ったのか……?」


 走り去っていく骸骨馬を見送りながら、駆け付けた警備隊員たちに保護されながら、ユーゴはたった今、起きたばかりの出来事を振り返ると共に呟く。

 偶然、ああなったとは思えない骸骨馬の意思を感じさせる行動に戸惑うユーゴであったが、警備隊員たちに促され、一旦の避難先である牧場へと向かっていった。


(あいつは何なんだ? どうしてこんなことをした? 仮に魔物だったとして、俺たちを守った理由はなんだ?)


 あの骸骨馬の正体も、目的も、行動の真意も、今の自分には何もかもがわからない。

 だが、しかし……自分が彼に助けられたことは間違いのない事実だと思いながら、ユーゴは暫くの間、骸骨馬が走り去った方向をじっと見つめ続けるのであった。

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