あれは馬?それとも骸骨?

「荷物持ってきました~! ここに置けばいいっすか!?」


「うん、ありがとう。次はこっちをお願いできるかな?」


「了解です! 任せてください!」


 そうして翌日を迎えたユーゴは、ヘックスに代わって郊外の牧場で仕事をこなしていた。

 基本的には荷物を運んだり、細々とした軽作業をしたりといった内容の仕事をテキパキと行う彼には、依頼主である男性も感心しているようだ。


「いや~、最初に依頼を受けてくれた子が怪我しちゃったって聞いた時はびっくりしたけど、こんなに働き者の生徒さんが来てくれて助かったよ! それを置いたらこっちに来なよ。ご飯でも食べて、ちょっと休憩しよう!」


「はいっ! ありがとうございますっ!!」


 ドスン、と音を立てて木箱を置いたユーゴが牧場主へと頭を下げる。

 どこの世界でもこうして汗を流して働くのは気持ちがいいものだなと思いながら、彼は差し出された包みの中に入っていたサンドイッチとお茶を手に、清々しい牧場と平原の光景を堪能し始めた。


「いいところっすね、ここ。空気も美味いし、ピクニックにはうってつけじゃあないっすか」


「あはは、ありがとう。確かに家族連れで遊びに来てくれる人もいるし、休日を過ごすにはちょうどいいのかもね」


 昼食を取りながら、牧場主と会話をするユーゴが正直な感想を述べる。

 本日は太陽の光が燦々と降り注ぐ快晴。牧場に遊びにきたり、平原にピクニックしにきている家族連れの姿がちらほらと散見されていた。


 元の世界ではそうそうお目にかかれなかった自然あふれる光景に感嘆の吐息を漏らしながら、晴天の空の下で食べるサンドイッチの味に舌鼓を打つユーゴ。

 吹き抜ける風が仕事で火照った体を冷ますのも心地良いなと思いながら、彼は一時の休息を楽しんでいく。


(授業も始まんねえし、ブラスタも改造してもらってる最中だしな。その費用を稼ぐためって部分もあるけど、こういうリフレッシュする時間も必要だろ)


 ヘックスの代理で引き受けた仕事ではあったが、こういう普段とは違う環境で過ごすというのは気分を変えるいい機会になる。

 報酬として受け取ったお金もブラスタの改造に充てられるし、やることがない時間の使い方としては悪くない部類に入るはずだ。


 あとは、色々と頼りがちな魔道具を使わずに過ごす日々というのも中々に新鮮だった。

 今、こなしている力仕事もブラスタを使えば楽にできるのだろうが、そういう力を普段から使用するというのはヒーローとしての美学に反する。


 本当にどうしようもない時にのみ、ヒーローの力は使うべきだ。日常生活から超常的な力を使っていては、感覚が麻痺してしまう。

 どこぞのオレンジなフリーターなんかは仕事の中で変身ヒーローとしての力を使おうとしていたが、まああれは例外にするとして……自分の力でできることは自分の力だけでやるべきだと考えているユーゴは、アンヘルにブラスタを預かってもらったことを感謝していた。


(今頃、フィーと一緒にブラスタの改造に着手してるんだろうな~……どんなふうに仕上がるか、今から楽しみだ!)


 この仕事は何日か泊まり込みで行うことになっているため、暫くはルミナス学園には戻れない。

 だが、逆に考えればその期間でブラスタに驚くような改造が施される可能性があるわけだ。


 アンヘルとフィーがブラスタにどんな機能を加えてくれるか? 自身の魔道具がどんなふうにパワーアップするのか?

 それを楽しみに胸を躍らせるユーゴの口元には、隠し切れない笑みが浮かんでいる。


「ユーゴくん、なんかご機嫌だね? 面白いことでもあった?」


「あっ、いいえ。そういうわけじゃあ……んん?」


 その笑い顔を牧場主から指摘されたユーゴが気恥ずかしさを覚えながらごまかしの言葉を口にしようとする。

 こういう感情を抑えきれないところ、オタクの悪い癖だよな……と考えながら平原を見回した彼は、そこであることに気が付いた顔をしかめた。


「あの、なんか観光目的とは思えない人たちの姿がちらほら見受けられません? なんか物騒っていうか……」


「本当だ。ありゃあ、警備隊の人間だな……にしてもどうしてこんなに数が多いんだ? 何かあったのか?」


 家族連れが多い観光客たちの中に紛れている、異彩を放つ人々の姿。

 お揃いの制服を纏った物々しい出で立ちの男性たちの姿を見たユーゴがそれを言葉にすれば、牧場主もまた同意しながら不思議そうな声を漏らす。


 どうやら彼らはこの近辺を警備する魔導騎士の一団のようだ。しかし、どうして彼らが連れ立ってこんな場所に姿を現したのだろうか?

 見回りにしては数が多い気がするし、彼らの表情も心なしか強張っているように見える。


 何か嫌な予感を覚えたユーゴが残ったサンドイッチを口の中に放り込み、お茶でそれを流し込んだその瞬間、どこか遠くから悲鳴と共に地鳴りのような音が響いてきた。


「なんだ!? 何があった!?」


 その音に気付いたユーゴが驚きながら騒動の元となっている方向へと視線を向ければ、土煙と共に何かがこちらへと走ってくる姿が目に映った。

 轟音を響かせるそれを目の当たりにした家族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、ユーゴが草原を駆ける何者かの姿を確認すべく目を凝らす。


 サイズ感としては人よりも少し大きそうだ。

 走るスピードも人間離れしているし、魔鎧獣である可能性も十分にあると考えながら目を細めた彼は、そこで信じられないものを見て言葉を失う。


「なんだ、あれ……!?」


 彼が目にしたもの、こちらへと駆けてくるものの正体。それは、白骨化した馬だった。

 たてがみと尾を残し、それ以外は骨で構成されている骸骨馬が草原を爆走している。


 彼が走った後には蹄に燃え盛っている炎の足跡が残り、草花を焼き焦がしていた。

 あまりにも予想外な疾走する者の姿にユーゴが驚き、唖然とする中、その骸骨馬を待ち構えていたであろう警備隊が攻撃を仕掛け始める。

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