花の月の日記・その6

二十八日目


神は私の願いを聞いてはくださいませんでした。あまりにも身勝手な願いです、そうなって当然でしょう。

しかし……状況は最悪で、考えれば考えるほどに胸が苦しくなってしまいます。


ゼノンさまが人を斬り殺したとの話ですが……残念ながら、事実のようです。

魔鎧獣に操られた人々を斬り、周囲の生徒たちにも「これは緊急事態だから仕方がない」と触れ回っていたとのこと。


実際にその通りであり、魔力を用いて剣の切れ味を鈍化させてはいたのですが、失血死という可能性に思い至らなかったことや他の生徒たちがゼノンさまほどの魔力調整ができず、手加減なしで斬りかかってしまったことが犠牲者が出る要因となってしまったようです。


状況を加味した上で、積極的に殺す意思はなかったとして罪には問われませんでしたが……周囲の人々からの印象は最悪の一言でした。

端的に申し上げるのならば、ゼノンさまは生徒たちに人殺しの指示を出した人間ということになるのです。擁護のしようがありません。


あのユーゴさまが気絶程度で人々を制圧したことも悪い方向に働いていました。

クズと呼ばれていたユーゴよりも人々のことを思い遣れない人間、人を殺すことに躊躇いのない凶悪な男……そう、ゼノンさまは生徒たちから評され、遠巻きに眺められています。


そういった方々は私に対しても、「ゼノンから離れた方がいい」と言ってきていて……それを見ていると、様々なことが恐ろしく思えて仕方がないのです。


ほんの一週間前まではゼノンさまを英雄と呼び、称えていた彼らがこんなにもあっさりと手のひら返しをしてしまったこと。

人の心とは、こんなにも簡単に変わってしまうものなのでしょうか? 私には信じられません。


ゼノンさまから離れろと忠告されている今の私の状況が、かつてのメルトさまと被っていること。

ユーゴは危険だから距離を置け、離れろと言われていた彼女の気持ちが、痛いほど理解できます。

……しかし、それをやっていたのがゼノンさまであることを考えると、本当に皮肉だと思うと共に何も言えなくなってしまうのです。


そもそも私が自由になれたのも、彼がユーゴさまに決闘で勝利したから。

強かったから、クレイ家の後継ぎとして相応しい力を示していたから許されていた暴挙が、ゼノンさまに敗れたことで許されなくなった。


地に堕ちたクレイ家の名誉を守るために、ユーゴさまのお父上は彼を勘当するという決断を下しました。

結果、私と彼との婚約も破棄され、自由の身になれたわけですが……結局は、そういうことなのでしょう。


力だけで作り上げたものは、より大きな力によって壊される宿命なのです。


力で私をユーゴさまから奪い取ったゼノンさまは今、魔鎧獣に敗れ、誇示できる力を失ってしまいました。

そうなれば私の自由はなくなり、またしても飾り物として扱われる日々が戻ってくるでしょう。


事実、これまでゼノンさまを見極めるために事態を静観していたお父様からも連絡があり、彼から離れろと命じられてしまいました。

今、学園内で力を付けている、英雄候補たる生徒に取り入り、その傍にお仕えしろとのことです。


そういった方々からはゼノンさまの名誉が失墜してからすぐにスカウトの声がかかりました。

ゼノンが立ち直るまでの間、自分たちの班に所属して課題や依頼を共にこなそうと……そう、何人もの方々が声をかけてきます。


お父様の命令も、そういった方々からのお声がけも、今はまだ断ることができています。

クレアはまだゼノンさまにご恩を返せてはいません。この恩を返すまでは、お傍に仕えるつもりです。


しかし……この強情がいつまでも通らないということはわかっています。

ゼノンさまがこのまま立ち直れず、塞ぎ込み続けていたら……私を傍に置く資格はないと判断され、お父様も本格的に動き始めるでしょう。


いえ、もう動いているに違いありません。

英雄候補と称される生徒や名門貴族の嫡男に私を嫁がせるために彼らにコンタクトを取っている可能性が高いでしょう。


私にできることはゼノンさまを励まし続けることだけ。彼が立ち直ることを信じて、お傍で支え続けることだけです。

それでも彼が立ち直れなかったその時は……また、トロフィーとして扱われる日々が待っている。


今回の争奪戦はユーゴさまの下から奪われた時よりも激しいものになるでしょう。

なにせ、ゼノンさまがそういった前例を作ってしまったのですから。


結局……私には最初から自由なんてものはなかったのです。

ユーゴさまの下から解放されたと喜んでいましたが、それも全部まやかしだったのでしょう。


私は籠の中の鳥。額縁に飾られた絵。どこにも行けない、何もできない存在。

一度自由を夢見てしまったからか、黒い絶望が心の深くまでを満たしています。


誰でもいい。貴族でも英雄でも悪魔でも破壊者でも、誰でも構わない。

だから、どうか……私をこの籠から連れ出して……!


――――――――――――――――


すいません間違えて明日投稿する予定だった話を今朝投稿してしまいました。

混乱させてしまったと思いますので、少し予定を前倒ししてこちらの話も投稿します。


ここまで更新に付き合ってくださってありがとうございました。

書き溜めてあったストックの全消化と共に、一章の短編も終了となります。


ここからは不定期投稿になり、これまでのように一日に何本もお話を投稿するということもなくなっていくと思います。

できる限り更新は続けていくつもりはありますので、ブックマークをしてお待ちくださると幸いです。


疑問点等も多く、できるだけ感想でその辺りのことを答えているつもりではあるのですが、色々と解決できていない点も多々あって申し訳ないです。


その辺りのことも解決しつつ、お話を楽しんでいただけるよう、頑張っていきたいと思います。


応援してくださる皆さんのお陰で、楽しく書き続けることができました。

これからも感謝の気持ちを忘れず、ニチアサヒーローのお話を作り上げていこうと思います。


PS.現在、この小説の投稿時間は朝十時に設定しているのですが、何時がいいという要望はあるでしょうか?

希望がある場合は教えてくださると嬉しいです。

あと『Vtuberってめんどくせえ!』という小説(書籍化してます!)も書いてますので、そっちも読んでくださると嬉しい!二巻を出すために頑張ってるので、よろしければお力添えを……(露骨な宣伝)

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