花の月の日記・その5
二十五日目
先日は本当に失礼をいたしました。
改めて、ここ数日で起きたことを書き記させていただきます。
先日、ルミナス学園内に謎の魔物が大量に出現。学園はパニックに包まれました。
小型の蟹らしき魔物は強さはそうでもなかったのですが、その数と不意を打たれたことで生徒も教師たちも混乱状態になり、多くの被害が出てしまったのです。
ゼノンさまもその被害に遭い、意識不明の重態に……幸い、命に別状はなく、早い段階で保健室で処置を受けたこともあってすぐに意識を取り戻してくださいました。
どうやらゼノンさまを保健室に運んでくださったのはあのユーゴさまとのことで、このことに関しては深い感謝の念を抱いております。
魔鎧獣たちも一部の生徒たちが指揮を取って殲滅作戦を実行したことで無事に撃退に成功し、事件は程なくして収束を迎えました。
……ですが、怪我人をはじめとして学園側の被害も大きく、そこは無視できません。
あのラッシュさまもこの事件の中で行方知れずとなってしまったようで、今回の騒動の被害が如何に大きかったのかがわかります。
ご友人を失ったことと不覚を取ったことが相当にショックだったのか、ゼノンさまはまたしても塞ぎ込んでしまいました。
私の呼びかけにも耳を貸さず、一人で何か躍起になって行動を続けています。
ユーゴさまを決闘で下した彼のことを英雄と持て囃していた生徒たちも、今は事件を解決に導いた方々に夢中になっています。
その状況もまた、彼の心を追い詰めているのでしょう。
今のゼノンさまからは優しかった頃の面影が鳴りを潜め、失った栄誉を求めて必死になっています。
どこか危ういあのお方をお支えしてこそ、ご恩を返せるというもの。クレアは最後まであなたさまのお傍にお仕えさせていただきます。
だからもうこれ以上自分を追い詰めないでください。クレアは、あなたと穏やかに過ごせればそれで十分なのです……。
二十六日目
ゼノンさまは依頼に参加すべくヤムヤム山へと向かったとのことです。私には、何も言ってくださいませんでした……。
これがいい気分転換になればと思う反面、ここ数日はまるっきり私と話をしようとしない彼を見ていると、とても不安になります。
殿方にはプライドというものがあり、好いている女子に自分の情けない姿を見せたくないという思いがあることは私も理解しています。
ですが、今のゼノンさまはそれ以上に何かに固執しているように思えるのです。
英雄だ、主人公だ……という言葉をぶつぶつと呟くあの方のお姿を、私は何度も目にしました。
その際の彼の横顔は非常に恐ろしく、私ですら声をお掛けすることを躊躇ってしまうほどです。
思えばこれは私のせいなのかもしれません。
私を傍に置くということは、相応の力がなければできないこと。私と未来を歩むためには、誰しもにその力を認めさせなくてはなりません。
ゼノンさまはそのために英雄という称号と栄誉に固執しているのかもしれない……彼を狂わせたのは私なのかもしれないと考えた時、寒気が走りました。
私には傍にお仕えする男性を狂わせる、負の何かを有しているのかもしれません。
私が離れてからフィーくんやメルトさまと一緒に穏やかな日々を送っているユーゴさまを見ていると、そう思わざるを得ないのです。
ユーゴさまがクレイ家から勘当され、婚約が破棄されて、それで自由の身になったと思っていましたが……貴族という身分は今も私を縛り続けています。
ゼノンさまが相応の力を示せなければ、父は新たな婚約者候補を見つけ、私をその人物にあてがうでしょう。
それを回避するためには、力を証明し続けるしかない。家柄をもたないゼノンさまには、そうするしかないのです。
一人で寂しく時間を過ごしていると、今のゼノンさまがかつてのユーゴさまと似てきていることに気付いてしまいます。
私のために栄誉を求めているのか、栄誉のために私を求めているのか……血眼になって動く彼を見ていると、わからなくなってしまうのです。
前者であると信じています。全ては私と共に未来を歩くための行いだと、クレアは信じております。
だからどうか、帰ってきたら私とお話をしてください。これから先、どう二人で歩んでいくのかを一緒に相談しましょう。
クレアは、最後まであなたの味方ですから……ゼノンさま……。
二十七日目
到底信じられない話が飛び込んできました。
ゼノンさまがヤムヤム山での仕事の最中に事件に巻き込まれたというのです。
魔鎧獣と戦い、敗北し、またしても重傷を負ったとのことで、今は病院で処置を受けています。
幸いにも今回もまた命に別状はないとのことですが……焦っている状態での敗北がゼノンさまの心にどれだけの影を落とすかなんて、想像もできません。
それに……信じ難いことですが、ゼノンさまが人を斬り殺してしまったとの報告も入ってきました。
そのスキャンダルに生徒たちも騒いでいて、完全に彼に対する尊敬の念も吹き飛んでしまっているようです。
何かの間違いであってほしい。犠牲者なんて出ていなくて、これも悪い方向に尾ひれが付いてしまっただけだという結論になってほしい。
どうかお願いします、神様。身勝手な願いを、どうか叶えてください……!
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