花の月の日記・その4
十四日目
今日、学園の廊下を歩いていたら、ラッシュさまに声をかけられました。
「ゼノンがどこにいるか知らないか?」とのことでしたので、心当たりがある場所をいくつか教えて差し上げたら、お礼を言われてそちらに向かっていきました。
そういえば、ラッシュさまの姿を見たのは久しぶりかもしれません。
ユーゴさまとの決闘で敗れてからは静かにしていたようですが、以前のゼノンさまのように部屋に引きこもるといったことはなかったはず。
彼はどこで何をしていたのでしょう? それと、ゼノンさまに用があったようですが、なんだったのでしょうか?
少し気になったのでゼノンさまにお聞きしたところ、どうやらラッシュさまにユーゴさまたちを偵察させていたようです。
以前の決闘での不正を暴くためとゼノンさまは仰っていました。確かに不正の証拠を掴めれば、今度こそメルトさまを説得できるかもしれません。
ですが……こうして話を聞く限り、どうにもゼノンさまの行動には不審なものがあります。
必要以上にユーゴさまを敵視しているというか、メルトさまに強い執着を持っているというか……折角、関わりさえしなければ平和で楽しい日々が過ごせるというのに、どうしてわざわざ自分からトラブルを探しにいくのでしょうか?
とても不思議なのが、高等部からの編入生であるはずのゼノンさまがとても強いユーゴさまへの憎しみを抱いていることです。
初等部、あるいは中等部からの進級組であるならば、ユーゴさまの悪行を知っているので彼を憎んだり、恨んだりする気持ちはわかります。
ですがゼノンさまはこのルミナス学園に通い始めてからまだ間もない編入生。ユーゴさまとも出会ってから一か月も経っていないはず。
ユーゴさまのことをうわさで聞いていたとしても、あそこまで憎むのはおかしい気がします。
どちらかといえば、メルトさまのようにフラットな状況で接する方が自然だと思うのは私だけではないはずです。
何故、ゼノンさまはユーゴさまのことをクズと呼び、あそこまで忌み嫌うのでしょうか……?
……いえ、あまりこういったことを考えてはいけませんね。
ゼノンさまは正義感の強いお方。出会って間もない私がユーゴさまにひどい扱いを受けていることを知って、彼との決闘に臨むくらいに人をお想いになるお方です。
きっと義憤に駆られて、必要以上に悪を憎んでいるのでしょう。しかし、それはゼノンさまの美点であると同時に悪癖のようにも思います。
傍に仕える者として、その悪い部分を諫められるように努力することこそが私の役目。
ようやく……ゼノンさまのためにできることが見つかったようで、クレアは安堵しております。
十五日目
今日も少しだけですがゼノンさまとお話をして、楽しく過ごしました。
進言や忠告をするにせよ、お心を近付けておいた方が耳を貸してくださる可能性が上がるというもの。
純粋にこうして過ごすことが好きだということもありますが、これも私たちの未来のためです。
そういえば今日は何か街で事件があったようなのですが、詳しいことはわかりませんでした。
不審者が出没したとか、どこかの施設で魔法結晶が暴走して爆発事故を起こしたとか、そんなうわさが広まっています。
ただ、そういった話が出回る割には正確な情報は伝わってこないため、やはりこれも尾ひれが付いた話なのではないかと思います。
この流れで唐突ですが、ゼノンさまは今日、ラッシュさまのご相談に乗ってあげたとのこと。
彼も迷いを吹っ切って前を向くようになったとのことで、本当に良かったと喜んでいました。
お友達の相談に乗ってさし上げるだなんて、ゼノンさまは本当にお優しい方ですね。
クレアもゼノンさまが迷った時にはそのお背中を押してあげられるような人間になれるよう、自分を磨いていこうと思います。
十八日目
ここ数日は本当に平和な毎日を……と言いたいところでしたが、不穏な空気が漂っています。
ルミナス学園周辺で行方不明者が相次ぐという恐ろしい事件が起きているのです。
幸い、私やゼノンさまはそういった事件に関わることはないのですが……どうにも最近はおかしいことが続いているように思います。
マーミント街道での魔鎧獣の発生、先日の要領を得ない街中での何らかの事件、そして今回の行方不明者の多発……。
いったい、この街で何が起きているのでしょうか?
ゼノンさまもこの件については気になっているご様子でしたが、無理に関わることはないという私の意見を聞き入れてくださったご様子。
「今はクレアと仲良くなる方が大事だもんね」と言ってくださったことは嬉しいですし、安心しております。
これまでゼノンさまと仲を深めるべく行ってきたあれやこれやも無駄ではなかったのだなと、そう実感できました。
とりあえずではありますが、私たちは静かに日々を送っていこうと思います。学生の本分は勉強ですからね。
……そういえば、最近はラッシュさまがゼノンさまのところにご報告に現れなくなった気がします。
ユーゴさまを監視していたという話ですが、その件はどうなったのでしょうか?
まあ、もしかしたらゼノンさまへの相談をきっかけにユーゴさまのことばかりに心を囚われるのがおかしいと気付いてそれを止めた可能性もありますね。
気持ちを切り替えられた証と考えれば、そこまで気にする必要もないでしょう。
二十日目
学園周辺で多発していた失踪事件の被害者が、生徒の中から出てしまいました。それも一人ではなく、既に何名かが行方不明になっているそうです。
皆さんもざわついており、学内に不安が蔓延しています。とても嫌な雰囲気です。
事ここに至ってですが、私がゼノンさまにこの事件に関わらないよう進言したのは間違いだったような気がしてきました。
彼が調査をしてくれていれば、もしかしたらこんなことにならなかったのでは……と思わざるを得ないのです。
被害者の中には中等部の女子生徒もいらっしゃるとのことで、本当に心が痛みます。
彼女や他の行方不明者たちが無事であることを、心の底から祈らずにいられません。
そういえば、この事件の被害者になった生徒たちは、大半がラッシュさまのお知り合いであることに気付きました。
何か関係があるのでしょうか……?
二十二日目
ゼノンさまが、ゼノンさまが……!
駄目です。今の私は心が乱れていて、まともに文章を書くことができません。
心落ち着いてから、改めて筆を執ることにします。
ゼノンさま……どうかご無事で……。
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