花の月の日記・その3

十日目


もしかしたら私は余計なことをしてしまったかもしれません。

そのせいで、ゼノンさまに恥を掻かせてしまいました。


本日、メルトさまの自由を賭けたユーゴさまとラッシュさまの決闘が行われました。

結果は……ユーゴさまの勝利。これは本当に驚くべきことです。


ラッシュさまの戦闘能力の高さは周囲から一目置かれ、二つの魔道具を巧みに扱う彼には先生方も注目していました。

このまま能力を伸ばせば、エリートが所属する王都の本部直属の魔導騎士になることも夢ではないと……そう、誰もが口々に表するほどの人物です。


そのラッシュさまに、ユーゴさまが勝った。それも、ガランディルを使わず、旧型の魔道具であるブラスタで。

正直、信じられません。戦いの成り行きを実際にこの目で見ていないこともあるのでしょうが、何かの間違いではないかと疑っているほどです。


やはりそれは皆さんも同じだったようで、ユーゴさまの不正を疑っていました。

決闘が終わった後に到着したゼノンさまもその可能性を指摘すると共に、決闘の無効を訴え、さらにメルトさまを直接説得なさったのです。


ユーゴさまの危険性を説き、いかに卑怯で下劣な人格をしているかを聞かせたゼノンさまでしたが……メルトさまはそんな彼を拒絶しました。

それどころか彼や大勢の生徒たちの前で、ユーゴさまに口付けまでなさったとのことです。


真摯に説得をした相手にこっぴどくフラれ、しかもその女性が忌み嫌っている男性に口付けをするところを見せつけられたゼノンさまは、どれほどの屈辱を味わったことでしょう。

周りの生徒たちも唖然としていましたし、私が余計なことを伝えたせいでゼノンさまの株が下がってしまったような気がします。


その後、ユーゴさまは決闘にて不正を行っていた可能性が高いという話にはなりましたが、メルトさまの気持ちは強く、今は何をしても彼女をユーゴさまから引き離すことは無理だということで全員の意見は一致しました。


メルトさまにフラれた直後のゼノンさまはまたしても傷心気味ではありましたが、ラッシュさまとお話をしたことで彼と友情を結び、気持ちを立て直せたようです。

やはり女である私の言葉よりも、男同士の友情の方が心には響くのでしょうか?

少しだけ、自分が蚊帳の外にいるようで傷付いてしまいます。


傷付くといえば、メルトさまがゼノンさまを拒絶したことで、私は彼女と友人になる望みを完全に断たなくてはならなくなりました。

彼女は私の恩人であるゼノンさまに恥を掻かせた。傍にお仕えする者として、そんな方と仲良くするわけにはまいりません。


とても残念で、心が痛みますが……今の私にとっては、これが一番正しい選択だと迷いなく言い切ることができます。

彼女と争うことがありましたら、ゼノンさまが味わった屈辱を倍返しにするつもりで戦うつもりです!


……私、戦闘はあまり得意ではないんですけどね。そういう心構えというお話です、はい。




十二日目


とても平穏な日々です。ゼノンさまもメルトさまにフラれた心の傷が癒えたのか、明るさを取り戻しつつあります。

ユーゴさまとメルトさまには関わっても良いことがないと判断したのか、最近は彼らの様子を窺うことも減りました。


心健やかに日々を過ごすことが何よりも大切だと、クレアも思います。

もう暫くすれば本格的に授業も始まりますし、それに備えての準備も必要ですね。


そういえばなのですが、高等部からの編入生の中にはゼノンさま以外にも積極的に生徒の皆さんとお話をしている方々がいらっしゃることに気が付きました。

ユーゴさまのことばかり気にしていたからでしょうか? 彼らのことが目に入らなかったのでしょうね。


同じ境遇とのことで、ゼノンさまとも仲がよろしいようです。

ゼノンさまは「別に友達じゃあない」と言っていましたが、素直になれないだけなのでしょう。

これが俗にいう、ツンデレというやつなのですね。


ただ……私にご挨拶しに来てくださった方々とお話をした時、妙な感覚を覚えたことが気になります。

ゼノンさまと同じ不思議な雰囲気。他の人たちとは違う何かを持っているような感覚ですが、こうも立て続けにそれを感じるとちょっとだけ不安になってしまいます。


それと、彼らが私を見る目がどこか不躾というか、かつてのユーゴさまを思わせるような目つきだったような気がしています。

もしかしたら……ゼノンさまが彼らと仲良くないと言っているのは本当のことなのかもしれません。


私もあまり積極的に彼らと関わることはしない方がいいような気がしてきました。

ですが……いえ、これ以上はここに書くのは止めておきましょう。


他でもないゼノンさまのことを悪く書くようなことになってしまう気がしますし、それは恩知らずのすることです。

陰でそのようなことを書くのは魔導騎士を目指す者のすることではないでしょう。気を付けないと……。


なんにせよ、今は学校の授業に向けての準備を整えることが大事。

本格的な学園生活の始まりに向けての心構えを固めていこうと思います。

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