side:主人公だった男(ゼノン・アッシュのエンディング)
「ねえ、聞いた? あの話……」
「聞いた聞いた~! 死なせちゃったんでしょ? 人を斬ってさ」
(……なんだよ? なんなんだよ? この状況は!?)
自分を見つめ、ひそひそと何かを話す生徒たちの声を聞きながら、ゼノンは自分の現状を受け入れられずにいた。
寮にいても、食堂にいても、他のどこにいても……誰もが皆、自分のことを話している。
その内容は先日の依頼で起きた事件のこと。ヤムヤム山での一件についてだ。
いや、正確に言えば……そこで出てしまった犠牲者と、その原因に関することだった。
「なんか、ゼノンさんが緊急事態だから仕方ないってみんなに言ってたらしいぜ。自分から率先して攻撃してたとか」
「そういう部分もあるんだろうけどさ、実際に人が死んでるとなるとちょっと引いちゃうよな……」
「魔鎧獣との戦いでも何もできずに負けたみたい。弱いものいじめしかできないって、一緒にいた人が言ってたよ」
「ユーゴをやっつけた時は格好良かったし、憧れてたのになぁ……! なんていうか、幻滅だわ~……」
「これじゃあクレアさんが可哀想だよ。まだユーゴの方がマシだったんじゃないの?」
(くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! どいつもこいつも手のひら返ししやがって! なんでだよ!? 確かにあの蟹には負けたけど、操られてた奴らを倒した分、好感度は上がってるはずだろ!?)
予想外の事態が発生したせいで思っていたような活躍ができなかったゼノンであったが、それ以上に思ってもみなかったことは事件が解決した後に起きた。
この通り、ルミナス学園中の生徒たちが自分を嫌悪し、遠巻きに見るようになったのである。
ユーゴを倒した英雄だと崇めていた彼らは、今や手のひらを返してゼノンのことをひどい奴だと口々に話すようになってしまった。
一緒に依頼を受けた生徒たちも自分から距離を取り、今やゼノンはどんどん孤独を深めている。
こんなのはおかしい。あり得ない。ゲームのシステム上、あの依頼で好感度が上がることはあっても下がることなんてないはずだ。
それなのにどうして自分はこんな目に遭っている? いったい何故、どんどん落ちぶれているのだ?
何一つとしてわからないまま、生徒たちからの軽蔑と嘲笑の視線から逃れるように寮の自室に戻ったゼノンは、ベッドに倒れ込むと枕へと何度も拳を叩きつけた。
豪華な寝具をぐちゃぐちゃにしながら、彼はこうなった原因を必死に考えていく。
(おかしい。何もかもがおかしい。メルトが仲間にできなくなったことから始まって、ラッシュが魔鎧獣になったかと思えば、依頼で出現するボスが変わってた。なんでこうなった? 何が問題なんだ?)
その答えにはすぐに気が付いた。というより、最初から気付いていたが、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
全ての異常の始まりは……自分がシナリオを無視してユーゴを倒してしまったこと。クレアのファーストキスを守るため、本来のストーリーよりも早くに彼との決闘に臨んでしまったことだ。
あれから全てが変わった。ユーゴは記憶喪失になり、ガランディルを失ったというのに何故だか強くなって、しかもメルトと仲良くなっている。
一方、彼との決闘に勝ったはずの自分はどんどん落ちぶれて、最初の栄光が嘘であるかのような惨めな状況に追いやられてしまった。
なんだこれは? どう考えてもおかしいではないか。
本来ならばこうなるのはユーゴの方で、自分が今、ユーゴが置かれている状況にいるはずでは……と考えたところである可能性に思い至ったゼノンは、愕然としながら目を見開く。
(まさか……入れ替わったのか? 俺とユーゴの役割が……! 俺があいつを倒したせいで、ユーゴのポジションに俺が就いてしまったんじゃ……!?)
そう考えれば全て納得がいく。自分の没落っぷりも、この状況も、説明がついてしまう。
端的に今のゼノンの評価を書き記せば、『自身の強さを盾に好き放題やっている、恋人を傷付けかねない危険な男』だ。
それこそまさに主人公がプロローグのボスとして対峙するユーゴの性格そのもの。彼の模造品ではないか。
逆に、記憶喪失になったユーゴは弟やメルトたちから慕われるヒロイックな性格へと変貌を遂げた。
今までの所業のせいでまだ他の生徒たちからの信頼は薄いが……その部分を『田舎からやって来た高等部からの編入生だから』に変えれば、主人公の境遇そのものになる。
逆だ、何もかもが。全部が入れ替わってしまっている。
主人公だと思っていた自分は悪役になっていて、悪役だと思っていたユーゴが自分がいたはずの主人公としてのポジションに収まっていることに気が付いたゼノンは、自分の危機的状況に絶望を深めるほどにぜぇはぁと息を荒げていく。
もしもこのままシナリオが進んでいったとしたら、自分はユーゴの代わりに主人公に打倒されることになる。
ユーゴが何もせずとも、他の転生者たちが自分からクレアを奪うために決闘を仕掛ける可能性は十分にあるし、先に述べた通り、今の自分は彼女を傷付けかねない危険な男として認知されている以上、自分からクレアを引き離す正当な理由もあるように思えた。
そうなったらもう終わりだ。完全に自分は原作でのユーゴのポジションに収まって、彼と同じ運命を辿ることになってしまう。
主人公としてこの世界に転生したはずが、いつの間にかその座を降ろされていたどころか悪役になっていたことに気付いたゼノンは、絶望と共に喚き始めた。
「い、嫌だ! 嫌だっ! 嫌だぁっ! 俺は英雄になって、ハーレムを作って、最高の人生を送るはずだったのに……! どうしてこんなことになった!? なんでユーゴの代わりに無様に死ななきゃならないんだよ!?」
どうにかしなければ自分は破滅してしまう。だが、どうやったらそれを回避できるのかなんてわからない。
『ルミナス・ヒストリー』でもユーゴはどうやったって破滅するのだ。そのシナリオを変える方法なんて、今の自分には何一つとして思い付かない。
こんなことをしている間にも運命の日は刻一刻と近付いてきている。他の転生者たちが力を付け、自分に決闘を挑んできたら……全て終わりだ。
仲間もいない。知識は役に立たない。強さもカリスマも全て他の転生者たちに負けている。こんなのもう、無理ゲー以外の何物でもないではないか。
「俺は、俺は主人公なのに……! 英雄で最強で無敵の主人公なのに……! あ、あ、あ、ああああああっ!!」
最初の一手目が大失敗だったのかと、今さらながらゼノンは気付いた。
これまで何度も気付くチャンスはあったのに、自分が主人公であるという意識が抜けなかった彼は過ちを犯し続けた。
その結果がこれ……もうゼノンは後戻りできないところまできてしまっている。
逃れようのない運命を悟った彼の脳裏には、かつて灰野瀬人として生きていた頃に何度も目にしたあの言葉が浮かび上がっていた。
『GAME OVER』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます