事件解決後、ジレンマは終わらない
「特殊変異体? あの蟹の魔鎧獣が?」
「はい。そういうことになるんだと思います」
ヤムヤム山での事件から数日後、学園に帰還したメルトは早くも事件のことを聞きつけたフィーからあの蟹の魔鎧獣についての詳しい情報を聞いていた。
廊下を歩きながら彼女へと説明をするフィーは、小さく頷いてから詳しく話をし始める。
「現場に残った魔鎧獣の残骸を調べた結果、体内から異常な成長ホルモンが検出されたみたいです。おそらくですけど、原因はトードスティンガーの毒……キノコを食べたか、あるいは胞子を摂取してしまったことで中毒状態になって、それが原因で一気に成長したのかと」
「前の事件で生き延びた子蟹がヤムヤム山まで逃げ延びてたってこと!? あれ、ユーゴが大本のラッシュをやっつけたから、勝手に消滅したと思ってたよ」
「僕もその辺りのことはよくわからなくって……ただ、最初からあの状態の魔鎧獣が人目を逃れて逃げ延びられるはずもないですし、甲殻の硬さを考えるとトードスティンガーの針も通らないと思います。まだ殻が柔らかい子蟹の状態で逃げ延びて、そこで操り人形にされたと考えるのが自然な流れじゃないでしょうか」
「なるほど……強い魔鎧獣を兵隊にできたから、トードスティンガーも人里を襲うようになったのかもしれないね」
「その可能性も十分にあると思います。外来種の襲来によって元々その地域に住んでいた生き物の生活に変化が起きてしまったって考えると、悪いのは魔鎧獣じゃなくって僕たち人間なのかもしれませんね」
かつて魔鎧獣へと変貌したラッシュが生み出した尖兵が駆除されずに生き延びた上で、また新たな事件を引き起こした。
もしかしたら、この事件の真の元凶はトードスティンガーではなく、自分たち人間のエゴなのかもしれないと……解決したはずの事件が巡り巡ってまた新たな事件を起こしたことへの皮肉さを感じたフィーが呟く。
メルトもまた彼の意見に同意するかのように頷いた後、指に嵌めているスワード・リングを見つめながら口を開いた。
「結局、そういうことの繰り返しなのかもしれないね。戦いはまた新しい戦いを呼んで、それはずっと終わらない。この事件がまた新しい事件を生み出すって考えたら、ちょっと憂鬱かも」
「でも、兄さんやメルトさんのお陰で助かった人たちは沢山います。お二人の戦いは、無駄なんかじゃありませんよ」
「うん、わかってる。いつだって壊すことよりも守ることの方が大変で尊い、か……ユーゴの言った通りだ」
命を懸けた戦いの末に、メルトは確かに老婆や子供たちのことを守り抜いた。
ユーゴから教わったヒーローとしての心得が自分に力を与えてくれたことに感謝しながら、彼女は小さく微笑みを浮かべる。
戦いは終わらないし、また別の騒動に巻き込まれることになるのかもしれないが……そこで誰かを守るために力を振るえたら、そこには自分が戦う意味があるはずだ。
少なくとも、今回の戦いの中で自分は一つ成長できた。心も技も、きっと磨かれたと思う。
そう思いながら共に廊下を歩いていたメルトは、会話の中で名前が出たユーゴのことをはたと思い出すと彼のことをフィーへと尋ねた。
「そういえば、ユーゴは何してるの? 戦いの後も正気に戻った人たちを助けたり、一緒に依頼に行ったみんなを起こしたりしてたし、今日は休憩中?」
「いえ、兄さんは朝から出掛けてます。行先は、ヤムヤム山だそうです」
「えっ? なんで? 何か気になることでもあるの?」
「……助けられなかった人たちに手を合わせに行くって、そう言ってました。今回の事件、犠牲者はゼロだったわけじゃないですから……」
少し暗い顔をしたフィーが小さな声でメルトへと答える。
その答えを聞いた彼女は、息を飲むと共に口を閉ざし、俯いた。
フィーの言う通り、今回の事件では残念ながら死者が出てしまった。
死因は失血死。村の中で見つかったことを考えると、ゼノンや彼の取り巻きが斬り捨てたまま放置してしまった結果、命を落としたのだろう。
自分もユーゴもできる限りのことはした。ただ、それでも犠牲をゼロにすることはできなかった。
その犠牲者たちもユーゴが手にかけたわけではなく、ゼノンたちがむやみに攻撃を行ったから生まれたものだ。
彼が責任を感じる必要はないと思う。だけど、目を逸らしてはいけないとも思ってしまう。
力及ばずに出てしまった犠牲者たちのためにその冥福を祈りに行ったユーゴを想いながら、メルトはフィーへと言った。
「何もかもを背負う必要なんてないのに……ほんと、不器用だな……」
「兄さんは優しいですから。もっと強くなりたいって言ってました。守りたいと思ったものを守り抜けるだけの強さがほしいって……」
「そっか……私ももっともっと強くならないとな……」
「……僕も、ブラスタを改良する方法を探してみます。兄さんの強さに性能が追い付いていませんし、どうにかしないと……」
何もかもが上手くいくことなんてそうそうないなんてことはわかっている。だけど、それでも最善を尽くしたいとも思う。
少なくとも、ユーゴが全ての人たちを守りたいと願うのならば、その想いに応えるためにも全力を尽くすことが自分たちのすべきことだと思いながら、メルトとフィーは近いようで遠い青空を見上げ、足を止めるのであった。
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