ヒーロー イズ カムバック!

「えっ……!? この、声って……まさか!」


 赤い霧の中から聞こえてくる、どこかで聞いたことのある声。

 その声を聞いて驚くメルトだったが、もっと驚いている者がこの場にいた。


 全ての元凶である、トードスティンガーだ。


 ぶるぶると全身を震わせている彼が怯えるように数歩後退る中、霧の中から黒い影が飛び出してくる。


「追いついたぞ、キノコ蜂! なんだお前!? 変な姿しやがって……! 最初見た時、幻覚かと思ったじゃねえか!」


「ピギャアアッ!」


 引いた右腕を思いきり振り下ろしてトードスティンガーをぶん殴った鎧を纏った人物を姿を見たメルトは、歓喜の叫びを上げながら彼へと声をかけた。


「ユーゴっ! 無事だったんだね!!」


「おう、メルト! 悪い、待たせたな!」


 殴り飛ばしたトードスティンガーを引き起こし、数発パンチを食らわせてから蹴り飛ばすユーゴ。

 そんな彼の下に小走りで駆け寄ったメルトは、その無事を喜ぶと共にどうして助かったのかと尋ねる。


「赤い霧に飲み込まれた人たちはみんなおかしくなっちゃってるのに、どうしてユーゴは無事だったの?」


「ああ、あれな。どうやら霧がみんなをおかしくしてるんじゃあなくって、あの魔鎧獣の針に突き刺された奴があいつの操り人形になっちまうみたいなんだ。霧はキノコの胞子かなんかで、吸った奴の意識を朦朧とさせる効果がある。そうして抵抗できない相手に針をブスリとやって、自分の手駒にするってのがあいつの手口らしい。俺も赤い胞子を吸った時はヤバかったんだが……ブラスタを着てたお陰で針が通らなかったんだ。苛立ったあいつに強めに殴られたお陰でバッチリ目が覚めてな、逃げる魔鎧獣を追ってここまで来たってわけさ」


「そうだったんだね! なんにせよ、ユーゴが無事で本当に良かった……!!」


 トードスティンガーは非力な魔物だ。針の硬度もそう強くはなく、ブラスタを貫通することができなかった。

 そのお陰で操り人形にならずに済んだとメルトに報告したユーゴは、続けて彼女へとこう言う。


「メルト、今回の騒動の元凶はあのキノコだ。あいつを倒せば、きっと操られてる人たちも正気に戻る。俺は散々あいつの胞子を吸ったからな、もう体が慣れた。あいつの相手は俺に任せろ。代わりに、あの蟹野郎は任せてもいいか?」


「うん! 任せてよ! 最強コンビの実力、見せつけちゃおう!」


 既に相手の攻略法を見つけているメルトがユーゴの言葉に笑顔で頷く。

 頼りになる相棒の存在に兜の下で笑みを浮かべたユーゴもまた、拳を握り締めると共に戦いへと臨んでいった。


「いくぞ、メルトっ!」


「油断しちゃダメだよ、ユーゴっ!!」


 同時に駆け出し、それぞれの相手へと挑みかかる二人。

 メルトは最大まで切れ味を増幅した魔力の剣を蟹の甲殻の隙間へと突き刺し、着実にダメージを与えている。

 ユーゴの方も接近するや否やトードスティンガーの巨大な頭へと跳び膝蹴りを繰り出し、相手をよろめかせてみせた。


「悪いが手加減しねえぞ! これ以上、お前に操られる人たちを増やすわけにはいかないんでなっ!」


「ピギェェェッ!?」


 膝蹴りからの肘打ち、からの左ストレート。

 綺麗なコンビネーション打撃でトードスティンガーにダメージを与えるユーゴが、回し蹴りで相手を吹き飛ばしながら叫ぶ。


 だが、敵もそう簡単にやられる相手ではない。気合の雄叫びを上げると共に両手の甲から生えている針をぐぐっと伸ばし、それをユーゴへと突き刺すべくラッシュを繰り出してきた。


「ピギッ! ギュッ! ピギュエッ!」


「ふっ、はっ! 本気モードってことか。なら、こっちだって……超変身!」


 この針に刺されたらマズい。先ほどは鎧を貫通しなかったが、本気を出した今の相手ならば万が一ということもあり得る。

 であるならば、優先すべきは相手の攻撃を受けないことだろうと判断したユーゴはブラスタを紫に輝かせ、重装態とでもいうべき紫の鎧をその身に纏った。


 効果はてきめんで、真っ向からトードスティンガーの針を受けてもそれを通すどころか逆に針を潰してしまうほどの堅牢さを誇る紫の鎧によって、相手の能力は完全に封殺されてしまう。


「ピギッ!? ギュエッ!?」


「今度はこっちの番だ! オォラァッ!!」


 紫の形態はスピードが遅い分、パワーが上昇している。

 握り締めた拳をトードスティンガーの顔面に叩き込めば、相手は先ほどよりも遠くまで吹き飛んでいった。


 よろめきながら立ち上がったトードスティンガーは、完全に戦意を失っているようだ。

 背を向け、逃亡を図る魔鎧獣であったが、それをユーゴが許すはずもない。


「おばあちゃん! この鉈、ちょっと借りてもいいかな?」


「うん……?」


 先ほど、蟹の魔鎧獣に弾き飛ばされた老婆の鉈を拾い上げたユーゴが、彼女へとそれを使う許可を求める。

 なにがなんだかわからないながらも、夫の形見が彼の役に立つということを理解した老婆は、大きく頷くと共にユーゴに向かって叫んだ。


「ああ、爺さんの鉈がこの子たちを守るために役立つっていうんなら……思う存分、使っておくれ!」


「ありがとう! それじゃあ、ありがたく……おじいさんの力、お借りします!!」


 鉈を武器である剣へと変化させながら、これはニチアサじゃないなと苦笑を浮かべたユーゴが自分自身へとツッコミを入れる。

 そうした後、変化した剣へと魔力を注ぎ込んだ彼は、自分に背を向けて逃げるトードスティンガーへと狙いを定めながら剣を構えた。


「さあ、決めさせてもらうぜっ!!」


 青白く光る満月を背に、高々と魔力を込めた剣を掲げるユーゴ。

 唐竹割りからの逆袈裟斬りと二回連続で剣を振るった彼は、その動きと共に生み出した十字型の魔力の斬撃をトードスティンガーへと放つ。


「ミスティック・ブレイク・エッジ!!」


「ピュギイイイッ!?」


 人々を狂わす霧を払い、闇を断つ正義の剣。

 十字の斬光は逃げ出そうとするトードスティンガーの背中に直撃し、その体を四つに叩き斬ってみせた。


 断末魔の叫びを上げた後、紫の光に包まれた魔鎧獣が大爆発を起こす。

 その光を背に受けながら子供たちや老婆へと決めポーズを見せたユーゴが、どさどさと音を立てて倒れる暴徒たちを見回しながら口を開く。


「これで、操られてた人たちも正気に戻るはずだ。弱きを助け、悪しきを挫く! 見せてやったぜ、俺の騎士道! ……でもまあ――」


 司令塔だったトードスティンガーを倒したことで、村人たちも魔鎧獣の呪縛から脱することができたようだ。

 元凶を打倒したことを喜ぶユーゴであったが、真の英雄は自分ではない。


 ブラスタを解除して振り向いた彼は、粉々になって消滅していく蟹の魔鎧獣の前でガッツポーズをしているメルトの姿を目にして、笑みを浮かべる。


「やった……! やったよ~! 私一人で魔鎧獣を倒せた!! やった~っ!!」


 たった一人で魔鎧獣と戦い、村人たちを守ったメルトが大喜びで飛び跳ねる様を見つめながら、頷くユーゴ。

 恐怖に打ち勝ち、諦めることなく戦い続けたヒーローである彼女がいなければ、この事件もどうなっていたかわからない。


「流石、魔導騎士を目指すヒーローだ。諦めない、折れない、挫けない……不屈の騎士は俺じゃなくてメルトの方だな」


 頼りになる相棒の見事な勝利を褒め称えながら、ユーゴは事件の後始末をすべく、動き出すのであった。

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