女の子だってヒーローになれる!

「いやあああああっ!!」


「ギジッ、ジュッ……」


 老婆渾身の一撃を受けた魔鎧獣が、斬りつけられた場所から青い血を流しながら呻く。

 しかし、ただの鉈では大きなダメージを与えるには至らず、相手はすぐに体勢を立て直してしまった。


 即座に腕を振って反撃してきた魔鎧獣によって、鉈を弾き飛ばされた老婆が自身も後ろに倒れ込む。

 その姿を見てはっとしたメルトは、彼女の下に駆け寄ると大声で呼びかけた。


「おばあちゃん、しっかりして! 大丈夫!?」


「私は大丈夫さ。そんなことより、お前さんは子供たちを連れてお逃げ。ここは、このおばばが囮になって時間を稼ぐからさ」


「そんな!? 何を言っているの!?」


「物事には順番ってものがある。若いあんたたちが無茶をして命を散らすことなんてない。私は十分に生きた。あんたたちのためにこの命を使えるなら本望さね。向こうで待ってる爺さんに会いに行くとするよ」


 よろよろと立ち上がりながら、メルトや子供たちのために魔鎧獣へと挑もうとする老婆がぐっと拳を握り締める。

 その姿を見たメルトは息を飲むと共に、自分の不甲斐なさに歯を食いしばりながら思った。


(私、馬鹿だ……! 戦う力のないおばあちゃんが必死に魔鎧獣を食い止めようとしているのに、どうしたらわからなくっておろおろしてばっかりで……人を守る魔導騎士を目指してる人間が、こんな不甲斐ない姿を晒していいわけがない!)


 自分の夢は魔導騎士になること。人々を守る、強き剣になること。

 ユーゴが傍に居ないから、ピンチの状況だから、何をしていいかわからないから動くことができなかっただなんて、そんな言い訳を口にしていいはずがない。


 戦うのだ、最後の最後まで。守るべき人たちのために、魔導騎士の矜持に従って。

 ヒーローの条件・その一……絶対に諦めないこと。ユーゴの言葉を思い出したメルトは、魔鎧獣を相手取ろうとする老婆の前に立つと彼女へと言う。


「おばあちゃん、下がってて。大丈夫、私は絶対に負けない。私は、私だって……ヒーローなんだから!」


 グジュグジュと気色悪い音を漏らしながら口から泡を吐く蟹の魔鎧獣へと、気合を込めて魔力剣を飛ばすメルト。

 しかし、その攻撃は硬い甲殻に阻まれ、やはりダメージを与えることができない。


 それでも諦めてなるものかと自分を奮い立たせ、突破口を見つけ出すべく思考を深めていった彼女は、そこであることに気が付いて息を飲んだ。


(そうだ。さっきのおばあちゃんの攻撃、あいつに通ってた。もしかしたら……!)


 何の変哲もない、非力な老婆のよる魔力も込められていない鉈での攻撃。しかしそれは確かに魔鎧獣に血を流させた。

 いったい、どうして……とその理由を考えたところで、メルトは魔鎧獣の甲殻と甲殻の隙間から青い血があふれていることに気が付く。


 確かに蟹の甲殻は硬い。しかし、甲殻同士の間には隙間が存在している。

 先の老婆の一撃は偶然その隙間に入ったからこそ、相手にダメージを与えられたのだと……突破口を見出したメルトは、覚悟を決めると共にスワード・リングへと魔力を込め始めた。


(遠距離からの投擲じゃダメだ。極限まで薄く、鋭くした魔力の剣で相手の甲殻の隙間を狙う!)


 正直に言えば怖い。ついさっき、ゼノンが叩きのめされている姿を見たばかりのメルトの心には、魔鎧獣に対する恐怖が存在している。

 だが、それを乗り越えて戦うことこそが魔導騎士の、ヒーローの役目だと知っている彼女は、生成した剣を手に魔鎧獣へと挑みかかっていった。


「やああああっ!!」


「ギジュッ……」


 接近してきたメルトに対して、魔鎧獣が重厚な爪を大きくスイングして迎撃する。

 しかし、緩慢なその動きを見切った彼女は、大振りであったが故に生まれた敵の隙を突いて見事に腕と肩の甲殻の間へと紫に輝く剣を突き立ててみせた。


(やっぱり! こいつ、ユーゴが戦った奴より弱い! 動きも遅いし、見切りやすい!)


 突き刺した剣を振り下ろし、魔鎧獣の腕を両断するメルト。

 ラッシュが変身した個体は即座に腕を再生させていたが……この個体はそれができずに中途半端にぶら下がっている腕をそのままにしている。

 戦いのテクニックも、持っている能力も、全てが以前に遭遇した個体より下。この魔鎧獣は大きく弱体化している個体なのだ。


「いける、これならっ!」


「ガジュッ……」


 千切れかけている腕を狙って剣をもう一振り、それで完全に魔鎧獣の左腕は斬り落とされた。

 青い血を肩から噴き出しながら、何が起きているのかわからないとばかりにそこを見ながらぼーっとしている相手の反応を目の当たりにしたメルトは、自分の考えが正しいことを確信して力強く頷く。


 彼女は知っているわけがないが、特撮の界隈ではこういった状況に合う法則が存在していた。

 『再生怪人はオリジナルより弱くなっている』……ユーゴがこの場にいれば、きっとそう言っていたことだろう。


 自分の力が相手に通用していることで冷静さを取り戻したメルトは、再び剣を構えると魔鎧獣を見やる。

 しかし……彼女は同時に、じわじわと自分たちが追い込まれていることを感じていた。


(もう、まともに戦えるのは私しか残ってない。この魔鎧獣を倒しても、おかしくなってる人たちをどうにかしながらおばあちゃんたちを連れて安全地帯まで行けるの……?)


 ゼノンの敗北からパニックに陥った仲間たちは、全員がこの場から逃げ去るか霧の中に連れ去られるかのどちらかの末路を辿っていた。

 残っているのはメルトのみ。彼女はたった一人で戦闘と護衛を行わなくならなければいけなくなってしまったのである。


 しかも状況は更に悪くなるようで……?


「ピュギェェェッ!!」


「っっ!? 新手の魔鎧獣!? そんなっ……!」


 霧の中から叫び声が聞こえてきたかと思えば、その中から奇妙な姿をした魔鎧獣が飛び出してきた。

 キノコと蜂が合体した魔獣。この依頼のボスとなる魔鎧獣、トードスティンガーだ。


 蟹の魔鎧獣とトードスティンガーと暴徒と化した人々。その三つを相手にしつつ、人々を守らなければならないという状況はまさに絶望的。

 だが、メルトは諦めていなかった。作り出した剣を握り締め、背後にいる人々へと大声で叫ぶ。


「みんな、諦めないで! 私を信じてください! 絶対、絶対……みんなを守ってみせる!!」


 絶望してなるものか。諦めてなるものか。最後の最後まで、戦い抜いてやる。

 自棄になったわけでもなく、ただ背後にいる人々を守ってみせるという想いで自らを奮い立たせたメルトが、迫る敵に挑もうとしたその時だった。


「むあぁぁてぇぇぇ! この蜂キノコ怪人がぁぁぁっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る