side:主人公(全てを知っている男の計画)

(ここで出る敵キャラ、基本的に雑魚だから倒すのが楽なんだよな~! トードスティンガーにしても弱点がはっきりしてるし、経験値と信頼度を稼ぐにはうってつけだ!)


 魔鎧獣に操られている人々は、元がただの村人や登山客であるために戦闘能力は高くない。ある程度のレベルと装備さえあれば、一撃で倒せる程度のステータスだ。

 この強さの割には倒した際に入手できる経験値の量はそこそこ多く、しかも大量に出現するお陰で一気にレベルが上げられる。

 それに加えて、時間稼ぎとして残った際に倒した暴徒たちの数に応じて、生徒たちからの信頼度が上昇するというおまけまであった。


 ただ、経験値も信頼度もそこそこ割りが良い程度のもので、効率的な稼ぎ方というわけではない。

 先日のラッシュが起こした事件の際に出現した小型の蟹たちを倒した他の転生者たちがこの依頼を受けなかった理由はそこにある。


 しかし逆にいえば、そこで活躍できなかったゼノンにとってはこの依頼はその両方を稼げるうってつけのイベントだ。

 出現する敵は自身の高いステータスを活かせば一撃で倒せる雑魚。倒せば倒すほどに仲間からの好感度も稼げるおまけ付き。


 事件の黒幕であるトードスティンガーにしてもそこまで強いわけではなく、しかも植物と虫が合体した魔鎧獣ということで炎属性という明確な弱点が存在している。

 唯一の懸念点である睡眠の状態異常に関しても、事前に知っているのならば回復アイテムを持ち込めば対処は可能だ。

 というわけでゼノンは眠気覚ましを大量に準備し、炎属性の魔法を習得した上でこの依頼に臨んでいた。


(これぞゲーム知識で無双の醍醐味だよな~! ああ、本当に最高っ!!)


 依頼を受けた生徒たちや村人たちが事件に巻き込まれてパニックになる様子を何もかもを理解している状態で眺めるというのは、想像よりもずっと気分がいい。

 高みの見物というか、自分が特別であることを強く実感できるというか、かなりの優越感を味わえる。


 そしてこのトードスティンガーを倒し、この依頼をクリアした暁には、仲間たちから羨望の眼差しを向けられるというのだから、もう最高の一言ではないか。

 他の転生者たちにつけられた差を埋めつつこんないい気分を味わえるだなんて、『ルミナス・ヒストリー』をやり込んでいた甲斐があったというものだ。


(そうだ! もしもクズユーゴが敵キャラとして出てきたら、事故に見せかけて殺しちゃおう! そうすればメルトの状態もフリーになるし、ここで好感度を稼いでる分、仲間にできる可能性も高まるじゃあないか!)


 彼女を助けに行った際に自分の腕を抱き締めてきたメルトの反応や柔らかく大きかった胸の感触を思い出したゼノンの顔がだらしなく歪む。

 あの感じから察するに、メルトも自分への好感度を高めてくれているはずだと……そう考えた彼は、彼女をパーティ(ハーレム)に加えることを邪魔するユーゴをこの依頼の中で排除することも考え始めた。


 ユーゴは先ほど、マタンゴが発する胞子に飲まれた。今頃トードスティンガーの毒を食らって、魔鎧獣の操り人形になっているはずだ。

 敵として出現したら、これ幸いにと斬り殺してしまおう。強敵だったから手加減できなかったとでもいえば、メルトたちもきっと納得してくれる。


 そして、魔鎧獣を倒して事件を解決に導けば……依頼を通じて好感度が爆上がりしているはずのメルトはきっと自分の下に来てくれるはずだ。

 そうなったら万々歳ではないかと思いながら、こうなったらユーゴを倒してしまうことも目的の一つとして考える彼の耳に、女子生徒の悲鳴にも近しい声が響く。


「大変、もうそこまで霧が迫っているわ! 急がないと!」


 どうにか時間を稼いだものの、やはり自分たちの行軍は遅い。あっという間に暴徒たちと赤い霧ことマタンゴの胞子に追いつかれてしまった。

 だが、これも『ルミナス・ヒストリー』で発生するイベントの通り。ここでプレイヤーたちはトードスティンガーと対面し、対決に臨むこととなる。


 いよいよボス戦だ。自分の格好いい姿を仲間たちやメルトに見せる時がやってきた。

 興奮と高揚感に包まれながら、ゼノンは武器である直剣を抜くと大声で叫ぶ。


「みんな! こうなったらもう仕方がない! ここで敵を迎え撃とう!! 大丈夫、俺が先頭に立つ! みんなで俺を援護してくれ!」


「ぜ、ゼノンさん! わかりました!」


「私たちも頑張ります! ゼノン様と共に!」


 最高だ。本当に気分がいい。仲間たちの歓声を聞きながら、ゼノンはそう思う。

 まだ自分の主人公としてのカリスマは消えていない。まだ自分は終わってなんていない。十分に挽回できる。

 ここで活躍すれば、また英雄として崇められるようになるはずだ。そのためにも絶対、魔鎧獣を撃退しなくては。


(さあ、来いよトードスティンガー! お前の対策はバッチリ! 攻撃のパターンも頭の中に叩き込んである! ボコボコにしてやるよ!)


 事前の準備も対策も完璧だ。弱点を突く魔法も習得している以上、自分が負けるはずがない。

 できればトードスティンガーを撃退する前にユーゴを殺めて、メルトのフラグを復活させたいところだが……まあ、そこは様子を見てからでいいだろう。


 のろのろとこちらに向かってくる暴徒たちの姿を見ながら、その背後から迫る霧の中から何かが近付いてくる気配を感じてほくそ笑むゼノン。

 ボスの登場だ……と、『ルミナス・ヒストリー』で何度も見たイベントの内容を頭の中に思い浮かべた彼は、赤い胞子の中から出現したトードスティンガーと対面し――


「……えっ?」


 ――間抜けな声が魔鎧獣と対面したゼノンの口から漏れた。

 大きく目を見開いた彼は、思考を停止した状態で赤い霧の中から姿を現した相手を見つめ続けている。


 姿を現したのはキノコと蜂の魔物の融合体であるトードスティンガー……ではなかった。

 両腕に蜂の針を生やした、奇妙な愛嬌がある魔鎧獣の姿を想像していたゼノンは、それとはかけ離れた別の魔物が出現したことに動揺を隠せていない。


 彼もイベントの内容が変わっているだけだったらここまで動揺しなかっただろう。

 問題は、トードスティンガーに代わってこの場に姿を現したその魔物にあった。


 黒い甲殻。鋭く重厚な爪。全身に生えた鋭利な棘。

 ギチギチと音を鳴らしながら開閉している口から泡を吐くその魔物には見覚えがある。


「あ、あ、あ……っ!? どどど、どうしてあいつが、ここに……!?」


 ゼノンの脳裏に思い浮かぶ苦い思い出。忘れようとしても忘れられない恐怖の記憶。

 かつて自分を叩きのめした、ラッシュが変貌したあの怪物が、今、再び彼の前にその姿を現した。

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