side:主人公(全てを知っている者の策謀)

 時間稼ぎを残った生徒たちに任せ、先へと進んでいた先行部隊の面々であったが、やはり老人と子供たちが半分以上を占める状態では思ったように進めずにいた。

 想像以上のスローペースで進む彼らは、後方から走ってくる防衛部隊の姿を目にして、多少の安堵を抱く。


「良かった、無事だったんだね。こっちも進みは遅いが、特に問題は――」


 怪我もなく、それどころか取り残されていたであろう子供を抱えて戻ってきたメルトの姿を目にした老婆が笑みを浮かべながら彼女を迎え入れるも、その表情が浮かないこととユーゴの姿がどこにも見当たらないことに気が付いてはっとする。

 そんな老婆へと、子供を預けたメルトがか細い声でこう言った。


「……ユーゴは、その子を助けるために霧の中に……私、何もできなくって……!!」


「……そうかい。自分を責めちゃいかんよ。あんたもあの子も一生懸命頑張ったんだ。そのお陰でこの子は助かった。胸を張りなよ」


 一人を救うために一人を犠牲にする、その矛盾とユーゴを置いて逃げてしまったことに苦しむメルトへと老婆が慰めの言葉を投げかける。

 そんな光景を横目にしながら、ゼノン・アッシュは心の中でほくそ笑んでいた。


(よしよしよし! クズユーゴをどうにか始末できたぞ! これで俺とメルトの邪魔をする奴はもういないな!)


 赤い霧に飲まれたユーゴを心配するどころか、彼がいなくなったことを心の底から喜ぶゼノン。

 それもそのはずで、この状況を作り上げたのは他でもない彼であった。


 メルトの意識が助けた子供に向いたあの瞬間、ゼノンは魔法をユーゴの背に当てて彼を霧の方へと吹き飛ばしたのである。

 そうして彼を窮地に追いやった後は助けようとするメルトを善意で引き止めるふりをして、完全にユーゴが霧に飲まれるまで時間を稼いだ。


 全てはゼノンの計画通り。あの防衛戦は、ユーゴを上手いこと排除するための戦いでもあったのである。


(くそっ、クズユーゴめ……! メルトの裸を見るラッキースケベイベントは俺が体験するはずだったんだぞ!? それを横取りしやがって……! まあ、いいや。これであいつはこのイベントからはおさらばだ。ここからは俺が主人公として事件を解決してやるよ)


 個人的な憎しみをぶつけつつ、ここからが本番だと気持ちを立て直すゼノン。

 ここまではユーゴの妨害(活躍ともいう)によって思っていたようにはいかなかったが、もう彼はパーティにいない。自分が好きにできる時間だ。


 転生者であるゼノンは、この場で唯一何が起きているのかを知っている人物。

 ゲームの知識を元に計画を立てた彼は、ようやく自分のシナリオ通りに事が進みそうになっているこの状況に興奮が止められずにいた。


(ここからどうすればいいのかもわかってる! やっぱゲーム知識で無双する異世界転生は最高だぜ!)


 今回の依頼……『山小屋への荷物配達依頼』は、『ルミナス・ヒストリー』内でも有名なイベントだ。

 メルトの好感度を稼ぎつつ、彼女とのラッキースケベイベントを楽しめることも人気の理由だが、一番の理由は騙し討ちじみたそのイベントの内容にある。


 ヤムヤム山を周って配達をするだけだと思っていたプレイヤーたちを襲う、ゾンビと化した村人たち。こんなホラー映画のような展開を見せられれば、誰だって衝撃と共にこのイベントを記憶してしまうだろう。

 いったい、この山で何が起きているのか? ユーゴやメルトが断片的な情報で推理を深めていたあの時にはもう、ゼノンは答えに辿り着いていた。


(まさかこの事件が魔鎧獣絡みだなんて気付くわけがないよな。俺も最初にこのイベントに遭遇した時はビビってたしさ)


 正確には直前に遭遇したメルトとのラッキースケベイベントで頭がいっぱいで考えることもしなかったというのが正しいのだが、まあそのことは置いておこう。

 この不可思議な事件の犯人、そして赤い霧を発生させた原因は、全てとある魔鎧獣にあった。


 トードスティンガー……それが、この事件の元凶となった魔鎧獣の名前だ。

 毒キノコの魔物であるマタンゴに蜂の魔物の力が宿ったその魔鎧獣は、双方の魔物の種類によって様々な能力を有するようになる。


 最もシンプルなのが、お互いの毒属性を強化したもの。毒キノコと毒を持つ蜂には、そういった共通点があるために相性がいいのだろう。

 しかし、今回の事件の犯人となったトードスティンガーには、最凶最悪とでもいうべき能力が組み合わさっていた。


 本体となるキノコの魔物ことマタンゴが持つ能力は。その名の通り、吸った者に睡眠の状態異常を付与する能力だ。

 これだけならば恐ろしくはないのだが……この魔物に憑りついている蜂の魔物の能力が問題だった。


 蜂の中には神経毒を用いて針を刺した相手を意のままに操れる者もいる。

 今回、マタンゴに憑りついた蜂の魔物にはそういった能力が備わっていて、この二つが組み合わさった結果、凶悪な魔鎧獣が誕生してしまった。


 マタンゴが放つ胞子を吸った瞬間、睡眠の状態異常に襲われる。

 そうして抵抗できない間に針を刺されてしまえば、魔鎧獣の思い通りに動く操り人形の誕生だ。


 ここまで説明すれば、全ての疑問に答えが出るだろう。

 霧だと思われていた物の正体はマタンゴの胞子で、その中に飲まれてしまった人々がおかしくなったのは、魔鎧獣の針に刺されて毒を注入されたから。

 自分たちが繁殖するための苗床として人間を集めているトードスティンガーは、捕えた人々を使ってまた新たな人間を捕らえようとしているのである。


 何も知らない人間がこの依頼を受けたら、恐怖でパニック状態に陥ってしまうだろうが……転生者でありこのゲームをやり込んだゼノンはここで何が起きるのかを全て理解していた。

 故に、彼は一切焦ることなく、対策を万全の状態にしてこの依頼に臨んでいる。


 そもそも、彼はどうしてこの依頼を受けたのか? メルトのラッキースケベイベントや彼女からの好感度を稼ごうという目的もあったが、真の目的は別にある。

 一言で言ってしまえば……彼は、この機会を利用してをしようとしていた。

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