防衛戦!しかし――

 夜の闇を煌々と照らす紅の輝きを放ちながらブラスタを纏ったユーゴが建物から飛び出す。

 そのまま、手近な暴徒へと飛び掛かった彼は、その腹部へと突きを入れると共に魔力を注ぎ込みながら叫んだ。


「必殺拳! ほどほどな威力フィスト!!」


 技なのに相手を殺さないのは矛盾していると思うだろうが、これもこれで一つの立派な技だ。

 先ほど、ゼノンが魔力を用いた斬撃で村人を気絶させている場面から着想を得たこの技は、拳から魔力を放つことで打撃の威力ではなく魔法の衝撃で相手の意識を奪ってくれる。


 最短で相手を無力化させつつ、命を落とす心配もないこの技は、ユーゴが抱くヒーローの矜持にしていた。

 自分に新たな見地を与えてくれたゼノンに感謝しつつ、ユーゴは次々と暴徒と化した村人たちを無力化していく。


(ゼノンはまだしも、他の連中にこの人たちの相手をさせるのはマズい! 双方に犠牲者を出さないためにも、できるだけ俺がこの人たちを鎮圧するんだ!)


 ゼノンたちが村人たちを容赦なく攻撃する様を見て、ショックを受けたのはメルトだけではない。

 ユーゴもまた斬り捨てられた村人の姿を目にして衝撃を受けていたし、どうしてここまでするんだとは思っていたが、今が緊急事態であることも生徒たちが必死であることもわかっていたため、その言葉をぐっと堪えていた。


 ただ、だからといってゼノンたちのしていることを認めるわけではない。

 ヒーローは罪無き人々を手にかけたりなんかしない。どれだけ自分が不利になろうとも、彼らを救ってこそのヒーローだ。


 この世界でヒーローになると決めたのならば、その矜持に従ってこの村の人々を救ってみせる……と、覚悟を固めたユーゴの目の前で飛んで来た紫の剣が光を放ちながら弾け、その衝撃によって一人の村人が吹き飛ばされる。

 うぐぅ……と小さな呻きを上げて動かなくなった彼の姿を見たユーゴは、振り返ると共にそれをやってみせた人物へと賞賛の言葉を投げかけた。


「やるな、メルト! 剣が当たらないギリギリのところで炸裂させるなんて、すげえや!」


「えっへっへ~! スワード・リングで色んな形の剣を作るために魔力の操作に関してはいっぱい練習したからね~!」


 そう言いながら、小さなナイフを作り出したメルトがそれを投擲し、ユーゴの近くにいた村人のズボンを引っかける。

 ズテンと大きな音を響かせながら転んだその男性にも手加減した一発を食らわせて気絶させたユーゴは、自分の考えを読み取った上で協力してくれるメルトに感謝するように拳を突き上げた。


「この調子でいこう! できるだけ、俺たちで沢山の人たちを制圧するんだ!」


「うんっ!!」


 霧の中から出てくる暴徒たちの数がどれだけいるのかはわからない。

 村の人々の大半がおかしくなってしまった今、登山客と合わせれば百名近い人たちが自分たちの敵として襲い掛かってくる可能性もある。


 その人たちも救う。背後にいる老人や子供たちも救う。どっちもやらなくてはいけないのがヒーローのつらいところだ。

 そうは思いながらも懸命に自身の使命を果たすべく戦いを続けるユーゴの耳に、子供が助けを求める声が響く。


「だっ、誰かぁっ! 助けてぇっ!!」


「あっ! あれは!!」


 物陰に潜み、暴徒たちから身を隠していた小さな男の子。

 ついに発見されてしまったその子供へと、数名の暴徒が襲い掛かっている。


 いち早く子供のピンチに気が付いたユーゴは両脚に魔力を込めて跳躍すると、その子と暴徒たちの間に割って入り、盾となるようにして子供を庇った。

 次々と襲い来る暴徒たちを引き剥がし、拳を叩き込んで無力化しながら、ユーゴは子供へと叫ぶ。


「逃げるんだ! あのお姉ちゃんのところまで走れっ!!」


「う、うんっ!!」


 迫っているのは暴徒だけではない。あの赤い霧ももうすぐそこにまで近付いていた。

 そろそろ潮時だと理解しているユーゴは、ギリギリのところで発見できた子供を守るために暴徒たちを止める役割を買って出た。


 メルトもまたそんな彼の想いを汲み、こちらへと駆け寄ってくる子供を援護するように魔力剣を飛ばしている。

 やがて、無事に自分のところまでやって来たその子供を抱き締めた彼女は、涙目になっている彼を落ち着かせるように抱き締めながら優しい言葉を口にした。


「もう大丈夫だよ。お姉ちゃんたちと一緒に、ここから逃げようね」


「うん……ありがとう、お姉ちゃん……!」


 男の子も多少ではあるが自分を守ってくれる人の傍に辿り着けたことで安心してくれたようだ。

 あとはもう、ここから撤退するのみ。子供を無事に保護できたことをユーゴに告げて共に退こうと、メルトが顔を上げようとした、その時だった。


「うおおっ!?」


「ゆっ、ユーゴっ!?」


 ユーゴの叫び声を耳にした彼女がはっとして彼の方を見れば、そこには地面に倒れ込むユーゴの姿があった。

 立ち上がり、振り向いた彼であったが、背後から迫る赤い霧と自分とメルトたちとを隔てる暴徒たちとの壁の間で挟み撃ちになってしまう。


「待ってて、ユーゴ! 今、助けに――」


 このままではマズい。ユーゴがあの赤い霧に飲み込まれてしまう。

 急ぎ、彼を助けに向かうべく駆け出そうとするメルトであったが、その腕を何者かがガシッと掴むと共にそれを制止してきた。


「止すんだ、メルトちゃん! もうユーゴは間に合わない!」


「放してっ! まだ間に合うよ! 助けられるっ! だから放してよっ!」


 確かにユーゴは暴徒たちに囲まれ、ピンチに陥っているが、自分が協力すればあの包囲も突破できるはずだ。

 そんな確信を抱いているメルトは自分の腕を掴むゼノンへと大声で叫ぶも、彼はその手を放そうとはしない。

 そうこうしている間に霧はユーゴへと近付いてきて……ついには彼を飲み込んでしまった。


「そんな、ユーゴ……」


「すまない。だが、君をユーゴの巻き添えにしたくなかったんだ」


 ユーゴが赤い霧に飲まれる光景を目の当たりにして呆然とするメルトへと、申し訳なさそうに謝罪するゼノン。

 そうした後で彼は戦いを続ける生徒たちへと大声で叫ぶ。


「みんな、撤退だ! 霧がもうすぐそこまで迫ってる! 先を行っている部隊に追いつくぞ! 急げっ!!」


 撤退の指示……霧に飲まれたユーゴを見捨て、この場から退くという判断を下した彼は次いで気落ちしているであろうメルトを励まし、慰めるために振り返ったのだが、もう彼女はそこにいなかった。


 自分が、ユーゴが助けた子供を抱き締め、悲しみを必死に押し殺して霧から逃げるメルト。

 ユーゴを置いて逃げることを申し訳なく思いながらも、きっと彼ならばこうしろと言うはずだと言い聞かせる彼女に対して、男の子が尋ねる。


「お姉ちゃん、さっきのお兄ちゃんは?」


「……大丈夫、大丈夫だよ。ユーゴは強いから、絶対に大丈夫。だから今は、お姉ちゃんと一緒に行こう。ねっ?」


 その言葉は子供に言い聞かせているようで、メルトが自分自身にも言い聞かせているようにも思える。

 ユーゴならば大丈夫だと思いながらも、それを信じ抜くことができない中途半端な自分の弱さを悔やみつつ、彼女は学友たちと共に赤い霧から逃げるべく、駆けていった。

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