赤い霧の謎

「おばあちゃん、無事だったんだね。本当に良かった」


「あんたの方こそ無事で何よりだよ。しかしまあ、何が起こってるんだろうね? 村の連中が、急にあんなふうになっちまうだなんて……」


 老婆の無事を確認したユーゴが安堵すると共にそんなことを言えば、彼女の方も不幸中の幸いだとばかりに彼の無事を喜んでくれた。

 この民宿に逃げ込んだ生徒たち十数名と無事だった村人たち数名の姿を見回す二人へと、メルトが声をかける。


「無事だったのはこれだけですか? 他の人たちは、みんな……」


「ああ、おかしくなった連中に連れ去られちまったよ。私みたいな老人や子供たちを守るためにね……」


 村人たちの中で助かった人間は皆、老人か子供だ。

 彼らを守るために他の村人たちが犠牲になってくれたという話を聞いたユーゴが暗い表情を浮かべ、首を左右に振る。


 もしかしたら、さっきゼノンが斬り捨てた人々の中にそういった善意で我が身を犠牲にした人がいたかもしれないと考えたメルトもまた沈鬱な表情を浮かべる中、家の外を見つめた老婆が小さな声で呟いた。


「あの赤い霧だ。あの霧の中から連中は姿を現したし、あの霧に飲まれた奴からおかしくなっていった。あの霧はいったい、何なんだ?」


「おばあちゃんにもわからないの? なにか、それっぽいものとか話を聞いたこととかは?」


「いんや……私も長年、この村で生きてきたが、あんな妙な霧は見たことも聞いたこともない。ここに逃げ込んだ連中にも同じことを聞いたが、みんな同じだってさ」


 老婆の話を聞いたユーゴとメルトもまた、格子状の窓から外を見つめる。

 少しずつこちらに迫ってくる暴徒たちの姿と、その背後に妖しく立ち上る赤い霧を目にした二人は、顔を引っ込めると共にそれについて話をし始めた。


「メルト、あの霧が何なのかわかるか? おばあちゃんの言う通り、あの霧に飲まれた人がおかしくなってるみたいだ」


「ううん、わかんない……魔力の影響で色が変わってるんだと思うんだけど、どうしてそんなことになってるのかは全然わかんないよ……」


 あの霧の何かが異常なのは間違いないが、具体的にどこが異常でどうしてあんなものが発生したのかはわからない。

 ただ一つだけわかっていることは、あの霧に飲まれてはいけないということ。飲まれたら最後、生気を失った暴徒たちに仲間入りしてしまうということだけだ。


「……霧に飲まれた人は明確にまだ正常な人を襲ってるよね。それで、自分たちの仲間にしようとしてる」


「誰かに操られてるのか? あの霧は、人為的に発生させられたものなのか? ああ、くっそ……! わかってきたようでわかんねえ……!」


 数少ない情報を元に考察を深めるも、完全なる正答らしきものが見えてこない。

 こういう時に賢いフィーがいてくれれば……と思うユーゴであったが、首をぶんぶんと振ると今、自分がすべきことを改めて考えていった。


(答えがわからないことを無理に考え続けても無駄だ。今は、無事だった人たちを安全地帯に送り届けねえと……!)


 この事件の原因はなんなのか? そこは間違いなく気になるところだ。

 しかし、今の自分たちがすべきは無事だった村人たちを安全地帯まで護衛することで、原因の究明は後回しでもいい。


 この人たちを近くの村まで送っていって、その時に警備隊に増援を要請できればそれがベスト。

 最悪なのは、事件の原因を探すことを優先したせいで全滅して、この異常事態を伝える人間がいなくなることだ。


「おばあちゃん、みんなに移動の準備をするように言って。大変かもしれないけど、ここにもすぐに変になった人が押し寄せてくる。この村を離れなきゃマズいんだ」


「ああ、わかったよ……爺さん、まさか形見をこんなことに使うことになるとはね。私や子供たちを守ってやっておくれ……!」


 ユーゴの言葉に頷いた老婆が棚に置いてあった鉈を手に、目を細めて言う。

 先に天国へと旅立った夫の形見であろうそれを作業ではなく護身用の武器として使うことを悲しみながらも、子供たちを守るためにやれるだけのことはやろうとする彼女の姿をじっと見つめるユーゴとメルトへと、ゼノンが声をかけてきた。


「二人とも、少しいいかな? 俺はここを出て、別の集落に移動すべきだと思ってる。この異常事態を報告し、警備隊の出動を要請すべきだ。君たちはどう思う?」


「俺も同意見だ。ここで籠城戦をしてもきりがない。あ、いや、今のは冗談じゃないぜ」


「私もそう思うよ。この村を脱出して、ヤムヤム山を下りていけば、別の村に辿り着けるはずだし……」


 霧は山の上からやって来た。ということは、逆方向に逃げていけばひとまずは安全だということだ。

 このままこの民宿に留まっていても暴徒たちが押し寄せてくるだけ、一刻も早く村から脱出しなければ全滅するしかない。


 ゼノンと同じく、この村からの脱出を最善策だと考えていたユーゴとメルトが彼の提案に同意すれば、ゼノンは続けてこんなことを言ってきた。


「理解してもらえて嬉しいよ。ただ、問題が一つある。避難してきた人々だが、全員が老人か子供と移動速度には期待できない。この一刻を争う状況で彼らを連れて移動するのは危険過ぎる」


「おいおい、なに言ってるんだよ? まさか、ここにあの人たちを置いていくつもりじゃあないだろうな? 俺は反対だぜ。それだったら俺が殿しんがりを務めるから、時間を稼いでる間にお前たちが先導してやってくれ」


「だったら私も一緒に残るよ。二人でなら絶対に凌ぎ切れるって!」


「……まあ、落ち着いてくれよ。俺もそんなことをするつもりはない。俺が言いたいのは、部隊を二つに分けようってこと。ここで暴徒を食い止める部隊と逃げてきた村人たちと一緒に山を下りる部隊、役割を分担してこのピンチを乗り切ろうって話さ」


 ユーゴと一緒にこの場に残ると即座に断言したメルトをちらっと見た後で、ゼノンが自身の計画を彼女たちに伝える。

 誰も見捨てずに窮地を脱するにはそれがベストだろうと、そう判断したユーゴは大きく頷くとゼノンの言うことに賛同してみせた。


「ああ、そうしよう。それがいいさ。さっきも言った通り、俺は時間を稼ぐ部隊の方に参加させてもらうぜ」


「私もそうするよ。それで、残りは?」


「俺と俺が選抜したメンバーが食い止め部隊に参加する。残りは村人たちを護衛しつつ、先に山を下りてもらう部隊だ。詳しい振り分けを話したいところだが……そうも言ってられないらしい」


「ああ、そうみたいだな」


 もう暴徒たちは家のすぐ近くにまで迫ってきている。これ以上、会議をしている余裕はない。

 振り返ったゼノンはこちらを見つめる生徒たちや村人たちの方を向くと、大声で彼らへと指示を出した。


「みんな、先に逃げろ! 下山して、この緊急事態を伝えるんだ! 俺たちはここに残って時間を稼ぐ! さあ、行くんだ!」


 ゼノンの指示を受けた生徒たちがわあっと行動を開始する中、ユーゴはこちらへと迫る暴徒たちを見つめ、拳を握り締めていた。

 まだ赤い霧は遠い。あれがこちらに来るまではどうにか時間を稼がなければと決意した彼は、深呼吸の後に瞳を月光に輝かせながら言う。


「退却戦か。不利な状況だが、ヒーローの本領が発揮される場面だ。これ以上の犠牲を出さないためにも……行くぜっ!」


 握り締めた拳を顔の横で重ね、ギリギリと音が響くくらいに力を籠める。

 こちらへと迫る霧を睨み付けるように顔を上げた彼は、いつも通りの言葉を叫びながらブラスタを展開した。


「変、身っ!!」

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