異常事態と主人公の異常な行動
「なんなの、これ……? どうして人があんなふうに……!?」
風呂場で自分を襲ってきた男たちと同じ、虚ろな表情をした人々の姿。
生気を失った彼らが群れを成し、まだ無事な者たちへと迫るその様子は、さながらゾンビ映画のワンシーンのようだ。
その背後から迫る赤い霧へと捕えた人々を放り込み、また次の獲物を探して……と、動く人々を目にしたメルトが恐怖に引き攣った表情を浮かべる。
いったい、この村で何が起きているのか? 目の前で発生している異常事態に彼女が困惑する中、暴徒と化した人々を攻撃しながらゼノンが姿を現した。
「メルトちゃん、無事だったんだね! 本当に良かった! さあ、一緒に行こう! 道は俺たちが切り開くよ!」
「えっ!? ちょっ、待って――」
数名の男子生徒たちと共にメルトを迎えに来たゼノンは、そう言うや否や彼女の手を取ってユーゴから引き剥がすようにして強引に彼女を安全地帯へと引っ張っていく。
有無を言わさぬその行動にメルトが戸惑う中、自分たちの行く手を阻もうと立ちはだかった村人の姿を目にしたゼノンは、小さく舌打ちを鳴らすと右手に握った剣をその村人へと一振りしてみせた。
「ちっ、邪魔だな……このっ!!」
「ああっ!?」
ザシュッ、という斬撃の音が響き、赤い血が飛び散り……悲鳴を上げることもなく、村人は倒れた。
ショッキングなその光景を目の当たりにしてしまったメルトは口を空いている左手で覆うと、ゼノンへと抗議の声をぶつける。
「なんてことを……! 斬る必要なんてなかったじゃない!」
「大丈夫、魔力で敢えて威力を殺して、死なない程度に手加減してあるさ。俺も人殺しなんてしたくないしね」
そう得意気に語るゼノンは、自分の魔力調整の技量をメルトに誇っているつもりなのだろう。
実際に彼が斬った相手は死んではいない。だが、それには『まだ』の二文字が付くべきだ。
倒れた村人の傷口からは血がドクドクとあふれ続けている。このまま放置していたら、近い内に出血多量で命を落としてしまう可能性が高い。
緊急事態だから仕方がない部分があるとはメルトもわかっていたし、ゼノンの行動に理解を示そうともしたのだが、彼がまだこちらに気付いてもいない村人たちを背後から斬り捨てる姿を見てしまっては、もうそれも不可能になってしまった。
「よし、バックスタブ成功だ!」
「なんで、どうして……!? こんなひどいことを……!!」
慌てて最初にゼノンが斬り捨てた村人の出血を止め、今しがた彼に背中を斬られた人々の傷を手当てするメルト。
確かにゼノンは斬撃と共に魔力で衝撃を生み出すことで暴徒たちを気絶させているようだが、だったら普通に魔法で攻撃してもいいはずだ。
こんなふうに相手が死にかねない攻撃をする必要も、こちらの妨害をしているわけでもない人間を斬る必要もないのに……とメルトがショックを受ける中、ゼノンと共に彼女の救出にやって来た男子生徒が二人へと声をかけてきた。
「ゼノンさん! こっちも片付きました!」
「ああ、よくやってくれた! ……メルトちゃん、君が優しい人だってことはわかってるけど、今はそいつらの治療をしてる場合じゃない。みんなのところに移動しないと」
「っ……!!」
報告にやって来た男子が持つ剣にべっとりと血が付いている様を目にしたメルトが声にならない苦悶の呻きを漏らす。
彼らもきっとゼノンに倣って暴徒を斬っているのだろうと、そしてゼノンと違って魔力調整を上手くできない彼らはそのままの意味で相手を斬り捨ててきたのだろうと想像したところでそれを止めたメルトは、自分の考えが正しいのか間違っているのかわからなくなっていた。
(今が緊急事態だってことはわかってる。だけど、こんなふうに他人の命を奪っても構わないの? それが人々を守る魔導騎士を志す人間がすること……!?)
ゼノンたちの行動は容認されるべき行為なのかもしれない。だが、納得できるかどうかと聞かれたら話は別だ。
立ちはだかる相手を仕方なく斬るまでは理解できるが、むやみに目に付いた人間を斬るというのはどうしても納得できない。
しかし、ゼノンも男子生徒たちも平然とそれを行っている。
もしかしたら間違っているのは自分の方で、冷酷な判断を下せる彼らの方が正しいのかも……とメルトが不安になる中、また新たに自分たちの前に立ちはだかった村人へと、ゼノンが剣を振り下ろそうとしたのだが――
「せやっ! はっ!!」
「わっ……!?」
それよりも早くに飛び込んできたユーゴが相手の足を払い、倒れたところを腹への一発でK.Oしてみせる。
ガクッと意識を失ったその村人の心臓が動いていることを確認した彼は、ゼノンへと声をかけてきた。
「ゼノン、こいつらの相手は俺が引き受ける。お前はあの二人と一緒にメルトを護衛してやってくれ」
「は? なんでそんな……?」
「ここで戦い続けても時間の無駄だろ? まずはみんなと合流しよう。一丸になって、安全地帯に向かうんだ。敵の排除は俺がする、お前はメルトを守ることに集中してくれ」
「なんでお前に従わなくちゃいけないんだ? ここでできる限り敵を倒した方が、あとで楽ができるじゃあないか」
ユーゴの言うことに反発するゼノンであったが、メルトには彼が何を言いたいのかが理解できた。
要するにユーゴは、人を殺しかねないからお前は戦うな、とゼノンに言っているのだ。
斬撃よりも打撃の方が致命傷になる危険性は低いし、出血の心配もしなくていい。
自分たちだけでなく、暴徒と化してしまった人々の命も気にしてのユーゴの提案の真意を読み取ったメルトは、彼を援護するために一芝居を打つ。
「ね、ねえ、アッシュくん、早くみんなのところに行こうよ。私、やっぱり不安だし……」
「むほっ……!?」
ゼノンの腕を取り、そこに自身の胸を押し当てながら、不安に怯える少女のふりをするメルト。
一瞬、気色の悪い声が彼から飛び出したような気がしたが……精悍な顔つきになったゼノンは、それが勘違いだったのだと思わせるくらいの真面目な様子でこう返してきた。
「大丈夫だよ、メルトちゃん。俺が君を守るよ。だから、安心して俺の傍に――」
「わ、私じゃなくって、他のみんなのことが心配なんだよ! 無事だった村の人たちとどこかでゼノンくんを待ってるんでしょ? だったら、その人たちのところに行ってあげないと! みんな、ゼノンくんのことを待ってるはずだよ!」
「ん……まあ、それもそうか……」
上手いこと彼をおだてつつ、演技を続けつつ……ゼノンを生徒たちの合流場所へと向かわせようとするメルト。
彼女の芝居に騙されたゼノンは剣を鞘に納めると、男子生徒たちへと声をかけた。
「二人とも、もう十分だ! まずはメルトちゃんをみんなのところに送って、安心させてあげよう! ……これでいいかな?」
「うん! ありがとう、アッシュくん!」
どうやら無事に話が収まりそうだ。そう考えながらメルトがユーゴへと視線を向ければ、彼はメルトの協力に感謝するように小さく頭を下げてきた。
まさか女の子としての技を彼ではなくゼノンを相手に使うことになるなんてなと思いながら、メルトはゼノンに引っ張られ、生徒たちへの合流場所へと向かっていく。
途中に襲い掛かる暴徒はユーゴが打撃で気絶させ、できる限り軽傷で済むようにしながら制圧していって、そうやって一行がやって来たのは、ユーゴが宿泊する予定だったあの民宿であった。
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