メルトに迫る危機(ラッキースケベともいう)

「……なんだか外が騒がしいなぁ。何かあったのかな?」


 ちゃぷん、ちゃぷんと水面を波打たせながら、外から漏れ聞こえてくる物音を耳にしたメルトが怪訝な表情を浮かべる。

 折角、温かいお湯にのんびりと浸かって今日の疲れを癒していたというのに、これではいい気分が台無しだ。


「早めに上がろうかな。明日も早いし……」


 そう呟きながら、ざぱぁと音を響かせて湯船から立ち上がるメルト。

 三人くらいは同時に入れそうな広めの風呂場を独り占めしていることをちょっとだけ楽しみながら、彼女は風呂椅子を引っ張ってシャワーの前に置く。

 そこに自身の大きくて丸いお尻を乗せたメルトが、髪を洗うためにお湯を出そうとしたその瞬間、ガラガラという音と共に脱衣所につながる扉が開いた。


「えっ……!? な、なんなんですか、あなたたちは!? 今、私が使ってるんですけど!?」


 既に他の女子たちは入浴を終えたはずなのに誰だろうかと振り向いたメルトが目にしたのは、三名の男性たちの姿だった。

 びっくり仰天した彼女は左手で胸を隠しながらその男性たちへと叫んだのだが、そこで彼らの様子がおかしいことに気が付く。


「おいで、おい、で……!」


「なっ、何? なんなの……?」


 生気を感じさせない虚ろな目は確かにメルトを捉えているも、そこには性欲をはじめとした一切の感情が浮かんでいない。

 同じ言葉を繰り返しながらじりじりと距離を詰めてくる男たちの姿に、メルトは怯えと困惑の感情を抱いていた。


(スワード・リングは脱衣所に置いてある。今の私には、戦う手段が……!!)


 武器となる魔道具があれば簡単に彼らを鎮圧できるが、それは服と一緒に外に置いてあるために今、メルトの手元にはない。

 魔法での攻撃もできるにはできるが、主に回復と補助魔法を得意とするメルトは攻撃魔法が得意ではないし、一人を倒している間にもう二人に距離を詰められてしまうだろう。


「おいで、こっちにおいで……」


「ち、近付かないで! これ以上近付いたら、魔法で攻撃しますよ!!」


 一応、警告と共にいつでも攻撃を行えるように右手を男たちへと向けたメルトであったが、彼らは一切動じずにこちらへと近付いてくる。

 唯一の出口は男たちの背後。逃げ場のない風呂場で追い詰められたメルトが言いようのない恐怖に伸ばした右手を震わせる中、大きな足音と共に新たな人物がこの場に姿を現した。


「メルトっ! 無事か!?」


「ユーゴっ!」


 大声でメルトを呼びながら風呂場に飛び込んできたユーゴが、数名の男に追い詰められている彼女の姿を見て血相を変える。

 即座に男の一人の首筋に手刀を浴びせて意識を刈り取った彼は、そのまま緩慢な動きでこちらへと振り向いた残りの男たちの鳩尾に肘を叩き込み、夢の世界へと旅立たせてやった。


「すんません。でも、緊急事態だったんで許してください。手加減はしといたんで……」


 割と下手に当てると本気で危ない肘での攻撃を行ったことを男たち(と技を教えてくれた師範)に謝罪しつつ、彼らが呼吸をしていることを確認して安堵するユーゴ。

 彼が来てくれたお陰で窮地を脱することができたメルトもまた安堵すると共に感謝の言葉を述べる。


「ありがとう、ユーゴ。本当に助かったよ。でも、この人たちは何なの?」


「わからねえ。今、この村全体がこんな感じの連中に襲われてるんだ。おかしくなってる奴らの中には村の人もいるみたいで、みんな困惑してる」


「そうなの!? ここに泊まってる女子のみんなは!?」


「安心しろ、事態にいち早く気付いたゼノンに連れられて避難してるよ。ただ、あんまりにも急な話だったみたいで、メルトが風呂に入ってることを報告し忘れてたみたいだ。俺も自分の宿泊先に戻る時にばったりあいつらと出くわしてさ、メルトがいないことに気付いて話を聞いたら、風呂に入ってるのを置いてきちゃったって言われて……で、大慌てで呼びに来たってわけだ。ぎりぎり間に合って良かった、ぜ……!?」


 状況を掻い摘んで話しつつ、自分がここに来た理由をメルトへと教えたユーゴであったが、段々と冷静になってくると共に先ほどまでとはまた違った意味で焦った表情を浮かべ始めた。

 改めていうがここは風呂場。メルトは入浴中で、自分はそこに飛び込んできた。

 そうなれば……当然ながら彼女は全裸であるわけで、今も両手で大事な部分だけを何とか隠している状態だ。


 本当にそんなつもりはなかったのだが、近くに来たところで彼女が侵入者たちに警告する声が聞こえたせいで後先考えずに風呂場に駆け込んでしまった。

 そのお陰でメルトのピンチは救えたわけだが、その引き換えに今度は自分の方が危機に陥ってしまっている。


「いやっ、そのっ、すまんっ! わざとじゃないんだ! 俺も必死だったっていうか、ここが風呂場だってことを忘れてたっていうか……ごめんなさ~い! 外で見張りしてるから、急いで服を着てくださ~い!!」


「あっ、ユーゴ!?」


 頂点を隠すように腕に抱かれて形を変えている大きな胸だったりとか、きゅっとくびれたウエストから続く前から見ても形がわかるお尻だったりとか、そういうものを至近距離から見てしまったユーゴが大声でメルトに謝罪しながら風呂場を飛び出す。

 脱衣場までもを一気に駆け抜けて外に出た彼へと声をかけながら、メルトは恥ずかしさに顔を赤くしつつも扉の向こうにいるユーゴへと大声で呼びかけた。


「別に気にしてないよ! ユーゴが必死だったっていうのはわかってるし、お陰で私も助かったしさ! なんだったら、もうちょっと見てく?」


「馬鹿言うな! いいから早く服着て、みんなと合流するぞ!」


 多少のからかいも含めたその言葉にわかりやすく動揺するユーゴのことをかわいく思うメルト。

 自分も恥ずかしかったことは確かだが、彼に悪意がないこともわかっている彼女はむしろその反応に好感を抱いていた。


 だがまあ、今はそんなことを考えている場合ではない。

 ユーゴの言う通り、他の生徒たちとの合流を急がなければ。


「お待たせっ! 行こう、ユーゴ!」


「ああ、急ぐぞ!」


 制服に着替え、扉の外で待っていたユーゴに声をかけたメルトが彼と共に民宿を出て、生徒たちが集まっているという建物へと走っていく。

 その最中に彼女が目にしたのは、想像を超えた恐ろしい光景であった。

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