当日、悪役も来ちゃった♥

「おいっす~! 今日はよろしくな、ゼノン!」


「なっ……!?」


 そうして迎えた仕事の日、ゼノンは笑顔で自分に挨拶をしてくるユーゴと対面しながら結構なショックを受けていた。

 どうしてクズユーゴがここに……? と考えたゼノンは、即座にその答えに辿り着くと共に頭を抱える。


 普通に考えて、だろう。人数は多い方が嬉しいと貼り紙にも書いてあったし、ユーゴを誘わない理由がないではないか。

 どうしてその可能性を一切考慮しなかったのだと、数日前の浮かれ切っていた自分を叱責するゼノンであったが、ユーゴの方は朗らかに彼へと話しかけていた。


「体はもう大丈夫なのか? 怪我、結構酷かっただろ?」


「あ、ああ……もう大丈夫だよ、うん」


 ラッシュに敗れた自分を医務室に運んだのはユーゴだということは聞いていた。

 触れられたくない黒歴史を掘り返されたゼノンは心の中で苦々しい表情を浮かべると共に、ユーゴへと毒づく。


(お前のことを助けてやった俺に感謝しろってか? くそっ、よりにもよってこいつに助けられただなんて、最悪じゃないか!)


 ユーゴは普通にゼノンの体を気遣っただけなのだが、彼への先入観と憎しみによって思考が歪んでいるゼノンは、文字通りその言葉を曲解して受け取っている。

 これ以上、こいつと話していても嫌なことを思い出すだけだと……そう考え、彼の下から去っていくゼノン。

 二人の様子を見守っていたメルトは、そんなゼノンの背中を見送った後でユーゴへと声をかけた。


「なんかあれだね。助けてもらった相手なんだから、お礼の一言くらい言えばいいのに……やっぱり私、苦手だな……」


「そう言ってやるなよ。男の子ってプライドがあるからさ、素直になりにくいんだって。散々好き勝手言ってた奴が相手だと特にな」


 マルコスだってそうだっただろ? とこの場にはいない友人の名前を出しつつ、ゼノンのフォローをするユーゴ。

 苦笑を浮かべる彼を見つめるメルトは、先のゼノンの態度を全く気にしていないその反応に笑みをこぼす。


(やっぱり私はユーゴの方がいいな。優しいし、信頼できるし……)


 ユーゴと出会ってまだ一か月程度の時間しか過ぎていないが、彼が周囲の人たちがいうような悪い人間ではないことはよくわかった。

 弟を大切にする姿、子供たちへの優しい態度だったり、今みたいに人の気持ちを考えてフォローする場面だったりと、ユーゴの裏表のない性格が伝わってくるような言動の数々を目の当たりにしたメルトは、ゲームシステムとしての意味ではなく本当の意味で彼への好感度を高めている。


 妙に馴れ馴れしいゼノンに声をかけられて不安になった自分が一緒にこの依頼を受けてくれと頼んだ時にも、嫌な顔一つせずに承諾してくれたし……悪人どころか善人としか思えないユーゴのことが、メルトは人として好きになっていた。


(フィーくんほどじゃないけど、私もユーゴの理解者になりたいな。まだまだ、そんなことを言える立場じゃないけどさ)


 家族として何年も一緒にいるフィーには敵わないが、自分だって誤解されているユーゴのいいところをいっぱい知っている彼の理解者だ。

 それを胸を張って言うにはまだまだ日が浅いし、もっともっとユーゴのことを知りたいとも思う。


(焦る必要なんてないよね。だって私たち、まだ出会ったばかりなんだもん)


 友人として、これからも少しずつ距離を縮めていこう。

 そうすればきっと、フィーとはまた違った自分とユーゴとの関係も出来上がるはずだ。


 そんなことを考えながら微笑んでいたメルトへと、きょとんとした表情を浮かべたユーゴが声をかけてきた。


「どうしたんだ、メルト? なんか面白いことでもあったか?」


「ううん、別に! それより、今回は泊りがけの仕事だけど大丈夫? フィーくんがいなくて寂しくない?」


「平気だよ、別に。ただ、あいつにも山の景色とか見せてやりたかったな……前に一緒に行った街道も綺麗だったし、ああいう光景をフィーと一緒に見たかったんだが……」


 そう、残念そうに語るユーゴの言葉にやはり彼は優しいなと思うメルト。

 依頼として仕事を受けている以上、今回の仕事にフィーを同行させられないのは当たり前なのだが、やっぱり残念だと言う彼へと、メルトは励ましの言葉を送る。


「いいじゃない、今回はいつかフィーくんと一緒に遊びに行く時の下見って考えればさ! 配達がてら山を登って、ルートとかを確認して、次に遊びに来た時のために色々調べておこうよ!」


「下調べ、か……確かにそうだな。簡単な仕事だし、山登りの難易度とかも確かめるのにちょうどいいか! ありがとな、メルト!」


 あはははは、と元気よく笑いながらメルトへと感謝を告げるユーゴの声は、他の生徒たちの耳にも届いていた。

 緊張感がないなとは思いつつも、確かに彼の言う通り、これは戦ったり未知の冒険をするわけではない簡単な仕事なのだから、気負い過ぎるのも変か……と彼らが考える中、全てを知っているゼノンが心の中でユーゴを嗤う。


(はっ! 丁寧にフラグを立てやがって、本当に呑気な奴だな! まあ、ああいう奴は真っ先に犠牲になるだろうし、そうなったらメルトに接近するチャンスがあるんだから、俺としては大歓迎だけどな!)


 ゲームの、そしてこの依頼で起きるイベントの知識を持つゼノンがほくそ笑む。

 上手いことやれば、ユーゴをここで蹴落とすことだってできるだろうと考える彼は、この依頼の中で自分のありとあらゆる欲望を満たそうとしているようだ。


 そんなふうにそれぞれがそれぞれの思惑を抱く中、総勢十数名の生徒たちは隊列を組むとルミナス学園を出て、目的地である北部のヤムヤム山へと出発するのであった。


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