夜、メルトと二人で

 ユーゴたちルミナス学園一行がヤムヤム山の入り口にある村に辿り着いたのは、それから数時間後のことだった。


 昼過ぎに学園を出発し、そこから数時間。時刻的には日没には早いが今から山に入るには遅い時間に入っている。

 本日は村に宿泊し、その間に運ぶ荷物の確認とどの山小屋に誰が行くかの班決めをすることになっており、ここまでは予定通りだ。


 小さなこの村にホテルや旅館のような大きな宿泊施設があるわけもなく、ユーゴたちはそれぞれ班分けをしてから民宿に泊まることになった。

 嫌われ者のユーゴはメルトと二人で班を組むことになったわけだが、流石に宿泊場所は別々だ。


 というわけで、夜。狭い一人部屋を与えられた彼は、宿泊先の民宿に住む老婆の肩を揉みつつ、彼女と会話をしていた。

 皺だらけの老婆は気持ちのいい若者であるユーゴをいたく気に入ったようで、話も実に弾んでいるようだ。


「いやあ、いい子だねえ……! こんなおばばに優しくしてくれるだなんて、本当にあんたはいい子だよ……!」


「一宿一飯の恩があるんすから、このくらい当然っすよ! それに俺、結構おばあちゃん子なんで」


 思い返すのは子供の頃の思い出、懐かしい日々。

 祖父と祖母から毎年のようにヒーローたちの変身アイテムを買ってもらって、変身ポーズを披露していた幼少期を思い出したユーゴが、少しだけ寂しい気持ちになる。


 元の世界で、家族はどうしているだろうか? 両親もそうだが、祖父と祖母も自分の死を悲しんでくれているに違いない。

 人助けのためとはいえ、大好きだった家族を残して命を落してしまったことを申し訳なく思う中、民宿の扉が開くとそこからメルトが姿を現した。


「やっほ~! ユーゴ、暇? 良ければちょっと散歩でもしながら話でもしない?」


「おう、メルトか。悪い、今は――」


 このおばあちゃんの肩を揉んでるから、とメルトの誘いを断ろうとしたユーゴであったが、その言葉を遮るように老婆が立ち上がる。

 ニカッと明るい笑みを見せた彼女は、ユーゴに対して感謝を告げつつ、メルトと一緒に行くよう促してきた。


「ありがとうね。もう私のことはいいから、その子と一緒に遊びにお行きよ。その間に、私はお風呂の用意をしておくからさ」


「そうですか……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。行こうぜ、メルト」


「うんっ!」


 嬉しそうに微笑んだメルトが、先んじて民宿を出る。

 彼女の後を追うべく靴を履き替えるユーゴへと、何度も頷きながら老婆が声をかけてきた。


「いいもんだねえ、青春ってのは……! 頑張んなさいよ!」


「はあ……? えっと、どうもです……?」


 何か変な勘違いをしているなと苦笑しつつ、表に出るユーゴ。

 最後まで自分を応援する老婆に見送られながらメルトと合流した彼は、ひんやりとした夜の空気を感じながら静かな村を散歩していく。


「いや~……いい夜ですな~」


「確かにいい夜だな。何がいいって、家の中で寝られる! 風呂にも久々に入れる!」


「あはは、そっか! ユーゴは野宿だし、いつもシャワーで済ませてるんだもんね? そう考えるとラッキーか!」


「まあな。それを抜きにしても、こうしてメルトと話せて嬉しいよ」


「えっ……!?」


 不意にそんなことを言ってきたユーゴの言葉に、驚きの表情を浮かべるメルト。

 月の光が美しい夜、静かでロマンチックな場面でのユーゴの発言の意味を深読みしてしまう彼女であったが、その考えは即座に粉々に打ち砕かれる。


「こうして夜に友達と話すのって、なんか修学旅行っぽいじゃん!? 青春スイッチ、オン! って感じでテンション上がっちゃうよな~!」


「ああ、そういうこと……」


 別に深い意味はなく、純粋に友人と会話して過ごすことを喜んでいるユーゴの言葉に、メルトが今度は苦笑を浮かべる。

 らしいな、とは思いつつも一応はキスをした関係であるはずの自分と二人っきりでいるというのに、その態度はちょっと意識しなさ過ぎなんじゃないか……と心の中でユーゴへの不満を漏らすメルトであったが、そんな彼女へと彼はこう言ってきた。


「なあ、メルトのことを色々教えてくれよ。家族のこととか、将来の夢とかさ!」


「えっ? 私のこと? どうして?」


「どうしてって……友達のことは知りたいだろ? 本当は俺も色々話せるといいんだけどさ、ご存じ記憶喪失の真っ最中なわけで……一方的な質問になっちまうんだけど、メルトのことを教えてくれると嬉しいなって」


 多少の気恥ずかしさを感じさせる笑みを浮かべながらのユーゴの言葉に、同じく笑みを浮かべるメルト。

 彼が自分のことをどう思っているかはいまいちわからないが……少なくとも、自分と同じように距離を縮めていきたいなと思ってくれていることがわかるその言葉を嬉しく思った彼女は、こくんと頷くと彼へと言う。


「うん、いいよ! 私の何が聞きたいの? あ、言っておくけど、スリーサイズと体重は教えないからね! それを聞くにはまだ好感度が足りませ~ん!」


「ははっ、流石にそんなデリケートなことは聞かねえよ。そうだなあ……じゃあ、ルミナス学園に来るまではどんな生活をしてたのかを教えてもらえるか?」

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