side:戦友(一時の別れ、願いを託して)

「よお、マルコス。見送りに来たぜ」


「ユーゴか……ふん、暇な奴だな。わざわざそんなことをする必要などないというのに」


「素直じゃないな~、マルコスは。本当は嬉しいくせにさ~!」


 ルミナス学園都市の正門、そこにユーゴたちの姿はあった。

 取り巻きたちと共にそこを出ていこうとするマルコスを呼び止めたユーゴは、足を止めた彼と向き合うと、軽い雰囲気で話をし始める。


「怪我、大丈夫か? 結構手酷くやられてただろ?」


「大したものではないさ。どちらかといえば、ギガシザースの損傷の方が甚大だ。このままでは使い物にならん。怪我の治療も兼ねて家に戻り、修復が終わってから戻ってくるつもりだ」


「……寂しくなるな。折角、事件を乗り越えて絆を深められたと思ったのによ」


「ふっ……! 今生の別れでもあるまいに、大袈裟な奴だ。ギガシザースの修理が終わったら戻ってくると言っているだろう。どうせなら、お前に倣って全身鎧型に改造するのも面白いかもな」


「おっ、いいね~! そうなったら一緒に変身ポーズでも考えるか!」


 ラッシュとの戦いで一番の重傷を負ったマルコスは魔道具の修理も兼ねて一度学園を離れ、家に帰ることになっていた。

 今日はその出立の日、暫しの別れになる彼と会話を交わすユーゴは、明るい口調で話しながらも寂しさを滲ませた表情を浮かべている。

 マルコスの方も憎まれ口を叩いてはいるが、こうしてユーゴが自分の見送りに来てくれたことを素直に喜んでいるようだ。


 このまま、明るい雰囲気で別れることができたらベストだったのだが、会話の内容は先日の事件の顛末へと移っていく。


「……ラッシュの遺品が見つかったようだな。やはり、あいつは何者かに利用されていたようだ」


「みたいだな。俺たち二人で倒した最初の蟹怪人に変身してた男もきっとそうだったんだろう。この事件はまだ終わってない。真の黒幕がどこかに潜んでるってわけだ」


「ああ……それを知るのは私たちのような極一部の人間だけだというのも歯痒さを感じるな」


 今回の事件の真相、そしてラッシュが魔鎧獣に変貌したという事実もまた、先の一件と同様に世間には伏せられている。

 それを知っているのは実際に彼が変身するところを見てしまったユーゴたちと、彼らから話を聞いた警備隊の人間、そしてその警備隊から事実を伝えられた学園の上層部だけとのことだ。


 表向きには街に侵入した凶悪な魔鎧獣が起こした事件とされている今回の騒動の真相は、まだ公表できない。

 黒幕の正体や目的も合わせて、秘密裏に探っていく方針らしく、ユーゴたちもこのことは固く口止めされていた。


「残念だったな。実質的に事件を解決したのはお前だというのに、そのことを触れ回れないのは無念だろう? 学園では一部の生徒たちが自分たちを守ってくれたと英雄扱いされているが、お前の手柄の方が随分と大きいはずなのだがな」


「そんなのどうだっていいさ。俺もお前も、力のない弱い人たちや自分にとって大切だと思うものを守るために戦ったんだ。喝采も賞賛も必要ない。ただあの子たちの笑顔を守れたって事実があればそれでいい……だろ、ヒーロー?」


「ふっ……そうだな」


 ユーゴの言葉を破顔しながら肯定したマルコスが青い空を見上げる。

 自分たちの功績を知るのはあの養護施設の子供たちと職員だけだ。ルミナス学園の生徒たちも、この街の住人たちも、真の英雄が誰なのかなんて知らないまま今日という日を過ごしている。

 だが、それでいいのだろう。人知れず人々の自由と平和を守る、それこそがヒーローの使命というものだということがマルコスにも理解できた。


「……ユーゴ。お前とこうして話をするようになったのは本当に最近のことだが……お前には、多くのことを教えてもらった。私はそのことを深く感謝している」


「お互い様だ。お前が限界を超えて戦ってくれたから俺は間に合った。事件を無事に解決できたのも、俺たち全員が協力したお陰だ。お前と出会えて良かったよ、マルコス」


 別れの時が近付いている。自身の部下が馬車を連れてやって来る様を目にしたマルコスは、最後にユーゴへとこう問いかけた。


「ユーゴ……私が傷を癒し、魔道具の修理を終え、この学園に戻ってきたその時には……お前のことを友と呼んでいいだろうか? お前の弟や友人を傷付けた私のことを、許してもらえるか?」


「あん……?」


 その質問を聞いたユーゴが一瞬きょとんとした表情を浮かべる。

 そうした後で噴き出した彼は、どんな意味の反応だとびくびくしているマルコスに対して、笑顔でこう答えた。


「何言ってんだよ。俺たちもう、友達だろ?」


「……そうか。そうだったな。ありがとう、ユーゴ……!」


 差し出された右手を取り、固く握手を交わしながら、互いに笑い合うユーゴとマルコス。

 馬車に乗り込む寸前、彼は戦友へと一つの頼みを口にした。


「ユーゴ、この街には今、何か悪しき者の魔の手が迫っている。私が戻ってくるまでの間、この街を頼んだぞ。お前なら、必ず人々の命と平和を守ってくれると信じている」


「ああ、任せろ! だからゆっくり休んでこいよ、マルコス!」


 力強いその返事に大きく頷いたマルコスが馬車に乗り込む。

 自分が戻るまでのことを友に託した彼は、共に帰還する部下たちへと呟くようにして言った。


「……私も負けていられないな。ギガシザースの修理が終わるまで、自らを鍛え上げねば……お前たちも覚悟しておけよ。怪我が癒え次第、特訓を開始するぞ!」


 どこかの誰かに当てられたような熱い雰囲気を放ちながらそう言うマルコスへと苦笑を浮かべる部下たち。

 ほんの少し前と比べて一回りも二回りも大きくなった彼のことを頼もしく見つめながら、一同は故郷へと馬車を走らせていくのであった。

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