side:主人公(脱落の予感)

「いや~、本当に……大変なことになっちゃったねえ」


「でもまあ結構楽な相手だったし、経験値と好感度が稼げたって考えたら悪くなかったんじゃない?」


「全然知らないシナリオの展開が来た時はビビったけど、無事に解決して良かった、良かった!」


 深夜の空き教室、そこに集まった転生者たちが呑気な様子で会話を繰り広げる。

 内容は先日この学園を襲った黒い蟹の化物たちとの戦いについてで、自分たちの活躍によって大きな被害が出なかったことを喜んでいるようだ。


 ……いや、訂正しよう。彼らは自分たちが活躍できたことを喜んでいる。

 自分の推しキャラが無事でさえいれば、モブ生徒たちがどうなろうとも知ったことではない。

 大量に押し寄せた雑魚敵をなぎ倒す無双ゲームを楽しむように怪物たちと戦った結果、その活躍ぶりを目にした生徒たちから賞賛されるようになったことを喜んでいるだけだった。


 その証拠に、一人だけ憮然とした表情を浮かべて会話に入らない者がいる。

 ゼノン・アッシュ……騒動の際、元凶となったラッシュに敗れて事件解決まで医務室にいた彼は、他の転生者たちと違って何の活躍もしていない。

 故に、彼らと違って他の生徒たちに賞賛されるようなことはなく、むしろその評価が落ちてしまっていた。


「あ~、瀬人くん? 災難だったねえ。でも、まさかあんな雑魚に不覚を取るだなんて、英雄と呼ばれる君らしくないじゃあないか」


「しかも、倒れてるところをあのクズユーゴに助けてもらったんだろう? いや~、どんな気持ちだい? 見下してた相手の世話になるのってさ!」


「うるせえ! 黙ってろ、ゴミ共!!」


 現在、ゼノンと他の転生者との評価は完全に逆転していた。

 ユーゴを倒し、彼に苦しめられていた生徒たちから賞賛されるようになったゼノンであったが、今回の一件で何も活躍できなかった上に以前に倒したユーゴに助けられてしまったことが彼の評判をわずかではあるが下落させていたのである。


 逆に、学園の危機に立ち上がった転生者たちは彼に代わって英雄と呼ばれるようになり、その名声を高めている。

 ほんの少しのように見えるこの差は実はかなり大きく、時期的にプロローグが終わって本格的にゲームがスタートするこのタイミングでの格差は今後の学園生活に大きな差を生み出すだろう。


 そのことを理解しているゼノンは、この大事な時に活躍できなかった自分の不覚を呪っているが……彼の不幸はまだ終わらない。

 他の転生者たちはこの機会にライバルを排除すべく、結託して彼を蹴落とそうとしていた。


「そういえばなんだけどさあ、瀬人くん……なんか最近、おかしいことが起きまくってるよねぇ?」


「メルトを仲間にできなくなったこともそうだし、ユーゴが妙に調子付いてるのも、今回の事件も……考えてみれば、瀬人くんが余計な真似をしたせいでそうなってるんじゃあないかな~? って、俺たち思うんだよ」


「うっ……!?」


 それに関しては何も言い返すことはできない。実際、ゼノン自身もそう思っていたから。

 他の転生者たちは知らないが、魔鎧獣となって自分を叩きのめしたラッシュも消失ロストしてしまっている。

 その切っ掛けが自分にあることを知っているものの、わざわざ弱味を晒す理由もないゼノンは重要なその情報を自分だけの秘密にしていた。


「まあ、今回はさ、これで無事に終わったわけだけど……こういうことが何度も起きると困るんだよね~!」


「というわけで……瀬人くん、大人しくしててくれる? 俺たちに迷惑をかけたペナルティとして、暫くは俺たちの邪魔をしないこと。瀬人くんと俺たちとでほしいキャラとかアイテム、やりたいイベントが被ったりしたら、問答無用で俺たちの方を優先ってことで!」


「なっ、なんだよそれっ!? そんなことされたら――!!」


 転生者たちの無慈悲な言葉に声を震わせながら叫ぶゼノン。

 先にも述べた通り、本格的にゲームが始まるこの時期は実に重要だ。ここでお目当てのキャラや装備を手に入れられるかどうかで、この先の学園生活や自分たちの成長度合いは大きく変わっていく。


 そんなタイミングで自分の意見が全て封殺されてしまうとなったら……その出遅れは、とんでもない差となって後々響いてくるだろう。

 徒競走で一人だけスタートダッシュに失敗した人間が逆転勝利を掴めるはずがない。折角、【ルミナス・ヒストリー】の世界に転生できたというのに、こんなに早い段階で英雄レースから脱落するだなんてあんまりだ。


 しかし、今のゼノンには他の転生者たちに逆らう力はなかった。

 完全に孤立している上に、生徒たちからの信用度も離されつつある今、ゼノンにはもう打つ手などないのだ。


「まあ、いいじゃない! 愛しのクレアたんと仲良くイチャイチャしてなよ!」


「そうそう、それがいい! の~んびり怪我を癒して、それからまた学園生活頑張ってね! 瀬人くん!」


「う、ううう、うぅぅぅぅぅ……」


 奴らの魂胆はわかっている。自分たちが力を付けた後でゼノンに決闘を申し込んで、クレアを奪うつもりなのだ。

 唯一、自分の手元に残っている最推しキャラでさえも奪おうとする彼らの邪念を感じながら、ゼノンは絶望にむせび泣く。


 彼を除く転生者たちは、そんなゼノンのことをげらげらと声を出して嘲笑い続けるのであった。

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