闇に飲まれる者

「う、うぅ……はっ!?」


「やあ、目を覚ましたみたいだね。お疲れ様」


「お、お前は……っ!?」


 次にラッシュが目を覚ました時、彼の目に映ったのはユーゴたちでも警備兵でもなく、あのフードの人物の姿だった。

 周囲を見回して、ここが彼と出会った林の中であると気付いたラッシュへと、フードの人物が言う。


「いやいや、随分と派手にやられたじゃないか。結構頑張って育ててくれたけど、これでまた全部がパーだな」


 笑ってはいるが温かさも愉快さも感じさせない声でそう言った後、黒幕とでもいうべき謎の人物がフードの奥に光る瞳でラッシュを見つめる。

 その視線に怯える彼は、必死になって許しを請い始めた。


「わ、悪かった……! だが、あともう少しだったんだ。予想外の事態さえなければ、何もかもが上手くいっていた! 次こそは、次こそはっ!!」


「はっは。いや、次なんてないよ。君の限界は見えた。同じ魔獣をあてがうにしても、君以上の素質を持つ人間を選んだ方がいいだろう? それに君だってわかっているはずだ。私が、失敗した人間に容赦しないってことくらい、ね……」


「あ、あああああ……あああああああっ」


 わかっていた。最初に出会った時、この人物はラッシュの目の前でユーゴたちに敗北した男を処刑してみせた。

 彼と同じ立場になった今、自分が辿る末路を予感していたラッシュは、実質的な死刑宣告を受け、絶望に満ちた表情を浮かべる。


「私は君を助けたんじゃあない。君の口から私の情報が漏れることを避けるために、こうしてここに連れてきただけだ。ここまで派手な真似をしておいて、君は失敗した。まあ、隠蔽気質な政府や魔導騎士たちなら、今回の件も魔鎧獣に変貌した人間が起こした事件だなんて発表しないと思うよ。決定的な証拠さえなければね」


 ゆっくりと、そう言いながら彼がラッシュを指差す。

 決定的な証拠が自分自身であることを理解したラッシュが涙を流しながら首を左右に振るも、彼は一切の慈悲を見せずに淡々と別れを告げた。


「じゃあ、そういうわけだから。さよなら、え~っと……ごめん、君、名前なんだったっけ? まあ、いっか! どうせここで死ぬんだしね!」


「い、嫌だ! 誰か、誰かたす――」


 ラッシュの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 ばさりと、制服だけを遺して彼が消滅したことを確認したフードの人物は、満足そうに頷いた後で独り言を呟く。


「まあ、こんな感じでいいか。事件が起きたことや黒幕が存在していることは隠せそうにないし、だったら多少はアピールした方がいいよね。しかし、残念だなあ。これで蟹の爪は二つともなくなっちゃったし、また研究と育成をやり直しかぁ……」


 敢えてその場にラッシュの遺品を放置し、闇の存在を示唆する証拠を残すことに決めた黒幕がニヤリと笑みを浮かべる。

 計画、あるいは実験が失敗したというのにどこか楽し気な彼は、最後に満足気な声でぼそりと呟いた。


「まあ、焦ることなんてないか。どうせ実験体は次から次に湧いて出てくるわけだしさ。ただ、マルコスくん……彼は残念だ。いい素体になるはずだったのに、あのユーゴくんって奴と関わって心の闇が浄化された。う~ん、どっちも興味深いなあ! 観察対象としてチェックしておこう!」


 ひゅるりと、風が吹く。その風に乗った呟きは、誰にも届かずに消える。

 そして……その声を発した張本人である黒幕もまた、風が吹き止んだ時には姿を消していた。


 後に残るのはラッシュの制服と不穏な気配。これで全てが終わったのではなく、ここからが真の混沌の始まりだということを予感させる不吉さ。

 この事件の裏で蠢いている闇がどれほどまでに巨大であるかを知るものは、まだこの時点では存在していなかった。




 ラッシュ・ウィンヘルム……消失ロスト

 以降のシナリオから存在が消滅しました。

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