ヒーローは、揺るがない
無様に、惨めに、情けない姿を晒しながら、ユーゴへと縋るような目線を向け、命乞いをするラッシュ。
肘から先が斬り落とされた両腕を見せながら、彼は泣きじゃくった声で叫ぶ。
「この腕を見てくれ! 俺はもう再起不能だ! 人を襲うことなんてできやしない! なあ、頼むよ! 仮にも俺とお前は同じ学園に通う仲じゃあないか! もう戦えない俺を殺す必要もないだろう? もう抵抗しないから、命だけは助けてくれ……!」
「………」
完全に心が折れた様子のラッシュを見つめるユーゴは、そんな彼に対して何も言いはしない。
ただ、わずかに手にしていた剣の先端が下りたその瞬間……顔を伏せていたラッシュは、それを待っていたとばかりに叫びながら腕を突き出した。
「馬鹿め、油断したなっ!! 死ねっ! ユーゴ・クレイ!」
斬り落とされたはずの右腕が、不快な音を響かせながらまた生えてくる。
実際の蟹と同じく、腕を失ったとしても再生が可能だったラッシュは敢えてその能力をすぐには使わず、ユーゴを油断させるために一芝居打ってみせたのだ。
再生したばかりの右腕の爪の先端。鋭く、黒く光るそれをユーゴの顔面目掛けて突き出すラッシュ。
勝った……! そう、確信した彼は目を細め、口を歪ませた醜い笑みを浮かべていたのだが……現実は彼の想像通りにはいかなかった。
「……は?」
バキンッ、という音がした。一瞬それがユーゴの頭部を守る兜が砕けた音かと勘違いしたラッシュであったが、何か手応えが妙だ。
そう思いながらゆっくりと右腕を引けば……自身の右手の鋏が、綺麗に潰れている様が目に映る。
「……救えねえな、どこまでも。最初から情けをかけるつもりはなかったが、ここまで外道だとむしろ清々しさすら感じるぜ」
「あっ、あっ、ああ……っ!?」
当然の話ではあるが、再生したばかりの腕はまだ完全に育ち切ってはいない。甲殻の硬さも最高の状態とは比べ物にならないくらいに低下している。
万全の状態ですら通らなかった攻撃が、そんな状態の腕で通るはずがない。ユーゴは油断していたわけではなく、それを理解して敢えてラッシュの攻撃を受けてやったのだ。
「斬り落とされたら再生できるだろうが、潰れただけじゃあ再生は無理だよな? どうする? 自分で落としてみるか? 決闘の時に休憩時間をくれた礼だ。再生するまで待ってやるよ」
「う、うう……うあああああああっ!!」
もう自棄になるしかなかった。何も手がなくなった以上、ラッシュにできることは無駄な足掻きをすることだけだった。
皮肉なことに、マルコスの抵抗を嘲笑っていた彼がそれと同じことをする羽目になったわけだが……ユーゴは両手で剣の柄を握り締めると、ラッシュの叫びにも負けない雄叫びを上げながらそれを思いきり突き出す。
「うおおおおおおおおっ!!」
「ぐがあああっ!?」
真っ直ぐに繰り出された刺突は、ラッシュの腹の甲殻を突き破って彼の体を貫いた。
全身を強張らせ、わなわなと小刻みに震える彼は、大きく見開いた目でユーゴを見つめながら呻く。
「どう、して……? 俺は、お前より、強く……!!」
「……ああ、そうだよ。ラッシュ、お前は俺より強い。だけどな……俺たちの相手じゃあねえんだ」
沢山の人々の命を踏み台にして強さを得たラッシュと、多くの人々の想いと力を受け取って強くなったユーゴ。二人の間にはどうしたって埋めようのない差が存在している。
ユーゴは、ヒーローは、一人で戦ってなんかいないのだ。自分が相手していた人物が、目には見えない多くの人々の想いと共に戦っていたことに、ラッシュは最後まで気付くことができなかった。
「俺は強い……! 俺は最強だ……! 強さこそが正義で、強い者は何をしても許されるんだ! だから、俺は――っ!!」
「もう終わりだ、ラッシュ。お前の暴走は、俺が止める」
ラッシュの体を貫いたまま、ユーゴが手にした剣に魔力を込める。
紫の輝きを放つ剣は刀身で貫いているラッシュの体内へと魔力を注ぎ込み、内部から甲殻を破壊する爆発を次々と引き起こしていく。
「カラミティ・クラッシュ!! うおおおおおっっ!!」
「がっ! あががっ! ぐっ、があああっ!!」
気合の雄叫びと共に剣を深く突き刺し、そのまま引き抜いて……振り返るユーゴ。
彼の背後では傷口から火花を散らすラッシュがもがくようにして腕で宙を切っていたが、やがてその動きも止まると共に大の字になって背後へと倒れながら、断末魔の叫びを上げた。
「強くなったのに、俺はっ、強くなったはずなのに……こんなの嘘だああああああああっ!!」
爆発。爆発。そして爆発。
小規模な爆発を立て続けに起こした後、大きな爆発を起こしたラッシュの体が紫の光に包まれる。
その輝きを背に受けるユーゴの勇姿を目にして、戦いが終わったことを理解したフィーは……子供たちの歓声を聞きながら笑みを浮かべた。
「やっぱりすごいや、兄さんは……! 僕の、みんなの……ヒーローだ!」
絶望的な状況をひっくり返し、大切なものを守り抜いた兄への最大の賛辞の言葉を口にする彼に応えるように、ユーゴが親指を立てる。
兄と同じくサムズアップを返したフィーは、恐れを振り切った輝く笑顔を浮かべながら、戦いを終えた兄を迎えるのであった。
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