「超変身!!」

 空気が変わったことがわかった。この場を包んでいた邪気が、ユーゴの叫びを切っ掛けに振り払われていく。

 暗黒を切り裂く紫の輝きは徐々にユーゴの体へと収束していき、その光が晴れた先に新たな力を身につけた彼の姿があった。


 分厚さと大きさを増した鎧。黒をベースにより頑強になった上半身を紫の装甲で覆い、金色の縁取りが成されたその鎧は、一目で重厚さが伝わってくる。

 一度は砕けた鎧が、魔力が、武器が、一つに融合して誕生した新たなブラスタの姿を目の当たりにしたフィーは、文字通りの奇跡を起こした兄の姿を見つめ、震える声で呟く。


「ブラスタが変化……ううん、した……!! 兄さんと僕たちの想いに、応えてくれたんだ……!!」


 人々の希望を背負うに相応しい力強い姿を見せるユーゴの背中を、感激の涙を浮かべながら見つめるフィー。

 対して、真正面から彼と向かい合っているラッシュは、首を左右に振りながら怒声を上げ、突っ込んでいく。


「こけおどしだ……! 一度は粉砕された鎧の形を変えたくらいで、俺をどうにかできると思うな!!」


 理解できない状況を、込み上げてくる不安を、全て払拭し、自分を奮い立たせるようにラッシュは叫んだ。

 自分の強さを信じる彼は、雄叫びを上げながらここまでと同じようにユーゴへと凶悪な爪を叩きつけてみせたのだが――


「なっ……!?」


 ――ユーゴは、その一撃を受けても一切動じることはなかった。

 相手を傷付けるどころか、逆に自分の腕の方が砕けてしまうのではないかと思わせる鎧の硬度に愕然とするラッシュへと、ユーゴが握り締めた右拳を叩き込む。


「うおぉぉりゃああっ!!」


「ぐああっ!? がっ、はぁっ……!?」


 攻撃の威力も、拳の硬さも、格段に上昇していた。

 最も堅牢な胸の甲殻でその一撃を受けたラッシュであったが、それでも殺し切れなかった衝撃によろめいた彼は、地面に膝をつくと共に信じられないと首を何度も振りながら呻く。


「嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だっ!! 俺はお前を倒したゼノンを倒したんだ! 俺が最強なんだ! 俺がお前なんかに……負けるはずがないんだよぉぉぉっ!!」


 絶叫。そして激高。

 体に秘めた魔力を爆発させたラッシュの禍々しい姿を目にしてもユーゴは動じない。ただ真っ直ぐに、彼を見据えるだけだ。


 そんな彼の背中を見つめていたメルトへと、彼女から治療を受けているマルコスが言う。


「メルト、もういい。残っている魔力の正しい使い道は、お前にもわかっているはずだ」


「……!!」


 応急手当は十分。命の危険はない。

 だから、もう自分に治癒魔法を使うのではなく、今、自分たちを守るために戦っているヒーローのために魔力を使ってくれというマルコスの言葉に頷いたメルトは、立ち上がると共にスワード・リングにありったけの想いを込め、叫ぶ。


「ユーゴっ! これを使ってっ!!」


 残された魔力を全て込めて作った紫の直剣。それをユーゴへと投げ渡すメルト。

 左手でその剣を受け取ったユーゴは、わずかに彼女の方を向きながら頷きを見せる。


「……サンキュー、メルト。これで、あいつを倒す準備は整った」


 メルトの想いを受けとったユーゴが、そこに自身の力を加えていく。

 紫の剣をベースに、黒鉄がそれを覆い、そしてそこに金色の刃が備わった重厚な両刃剣を手にしたユーゴは、顎を引いてラッシュを睨みながら仲間たちへと言う。


「フィー、メルト、マルコス……行くぞ!」


 一歩、前へと足を進める。ユーゴが歩む度に、地面が轟くようにして地鳴りを起こす。

 ゆっくりと、だが確実に自分の方へと歩み寄るユーゴの姿を目の当たりにしたラッシュは、錯乱状態に陥りながら懸命に彼へと爪を叩きつけていった。


「ふざけるなぁっ! こんなことがあっていいはずがない! 俺はお前を超えたんだ! それが、それを……こんなわけのわからないことでひっくり返されて堪るか!!」


 薙ぐ。叩く。突く。蹴る。ラッシュは思い付く限りの攻撃をユーゴに見舞った。

 しかし、その全ては彼に通じない。ユーゴはただ、ラッシュの反撃を意に介さずに足を前へと進めるだけだ。


「あああああ……っ! うああああああっ!!」


 もはや、ラッシュはまともな精神状態ではなかった。

 先ほどまでの余裕を完全に消し去り、どこまでも狂った叫びを上げながら子供のように両腕をユーゴへと叩きつけているだけだ。


 自身の腕の甲殻がひび割れ、徐々に砕け始めていることすらも気付けないまま、完全に立場が逆転してしまった事実を認めたくないとばかりに足掻く彼の目の前で、紫の斬光が走る。


「うあっ、あっ、あああ……っ! 腕がああっ! 俺のっ、腕がああああっ!!」


 その光が見えた次の瞬間、振り回していた自身の両腕の肘から先が無くなっていることに気が付いたラッシュが絶叫する。

 粘液のような青い血を腕から噴き出させる彼は、ひぃひぃと弱々しい呼吸を繰り返しながら地べたにへたり込むと、ユーゴを見上げながら口を開いた。


「わ、悪かった……! 俺の負けだ。殺さないでくれ……!」

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