ヒーローの条件

 自分を呼ぶ兄の声にフィーが顔を上げれば、半分だけこちらを向いたユーゴの姿が目に映った。

 砕けた兜の下、ほとんど露出している顔は傷と血で汚れているが……それでも、兄はいつもと変わらない力強い笑みを浮かべている。


 何も心配はいらないと、その横顔は言っていた。

 あふれていた涙が自然と引いていくことを感じるフィーへと、ぎりぎりの戦いを続けながらラッシュを圧倒するユーゴが言う。


「フィー、お前に大切なことを二つ教える。よく聞け、本当に大事なことだからな」


 弟に背を向けながら、襲い掛かる魔鎧獣を蹴り飛ばすユーゴ。

 黒い塵と共に怪物が宙を舞う中、彼は大切なことを語っていく。


「今、お前の目には俺が追い詰められてるように見えているだろう。今にもこの鋏に貫かれて、殺されそうになってるように見えてる。だけどな、そういうもんなんだ、ヒーローの戦いっていうのは。いつだってそう。壊すことよりも守ることの方が何倍も大変で、過酷で、厳しくって……必死にやらなくちゃならない。ヒーローの戦いは、死ぬかもしれないぎりぎりの勝負の連続だ。なら、なんでそんな危ない戦いに挑むと思う? ……その答えはな――」


「ごちゃごちゃと何をしゃべっている!? 戦いに集中し、ぶへえっ!?」


 ユーゴの右拳が、ラッシュの左頬を捉えた。

 フック気味の一撃を叩き込んだその勢いのまま、弟たちの方を向いた彼は……優しく力強い笑みを浮かべたまま、その答えを述べる。


「――守りたい大切な誰かが、後ろにいるからさ」


「兄、さん……」


 傷付いた体。ぼろぼろの装備。お世辞にも綺麗で優雅とはいえないその姿。

 だが……フィーの目には今のユーゴの姿が、途方もなく誇り高いものに見えている。


「ヒーローは、守りたい何かがあって初めてヒーローになれる。変身アイテムだけでも、力があるだけでも意味がない。フィー、俺をヒーローにしてくれてるのはな……他の誰でもない、お前たちなんだぜ? 守りたいものを守るための戦いに臨む時、ヒーローはその真価を発揮する。お前たちがいてくれるからこそ、俺はどこまでも強くなれるんだ」


 もう、ブラスタの微粒子金属はほとんど残っていなかった。追い詰められているのはユーゴのはずだ。

 だが……それでも、彼の姿を見ていると安心する。絶望的な状況でも、光を信じることができる。


「……もう一つ、大切なことを教えとく。ヒーローの条件・その一はな……ことだ。自分を信じてくれる奴の前では、特にな」


 その言葉の通り、ユーゴは絶対に諦めない。最後の最後まで、大切な人々を守るために戦い続ける。

 どんなにぼろぼろになっても、どれだけ追い詰められたとしても、彼は前を向いて笑うのだ。


 人々の希望となる、ヒーローとして……!!


「……信じてくれるんだろ、フィー。いつだって、どんな奴にだって、俺は負けないって。だったらそんな顔すんな。待ってろ、すぐにこいつをぶっ飛ばしてやるからよ」


「……!!」


 マルコスとの決闘の後で自分が言った言葉を、兄は信じ続けている。

 ユーゴは絶対に負けない。どんな敵にも打ち勝つ、最強のヒーローになれる。そう信じている……確かに自分はそう兄に言った。

 その言葉を、ユーゴは信じてくれている。どんな時だってその言葉を胸に、最高のヒーローになろうと戦い続けてくれている。


 ならば、もう……弟として、自分がすべきことは一つしかなかった。


「頑張れ、ユーゴっ! ユーゴなら絶対に勝てるよっ!!」


「勝て、勝つんだ、ユーゴ……! お前なら、どんな絶望だってきっと……!!」


「ユーゴお兄ちゃん、負けないで~っ!」


「頑張ってください、ユーゴさんっ! 子供たちのために、どうか……っ!」


 ……人の心に伝播していくのは、絶望だけではない。希望だって同じだ。

 今、悪役としてラッシュが生み出した絶望を、ヒーローが生み出した希望が上回った。


 メルトも、マルコスも、子供たちも、職員たちも……もう誰も絶望なんてしていない。

 自分たちのために戦うヒーローを信じ、声援を送り続けている。


「なんだ? なんでだ? どうしてそんな顔ができる? どうしてそんなことが言える!? こいつはこんなにぼろぼろなんだぞ!? それなのにどうして、何故っ!?」


 ラッシュには、人々の想いが理解できない。

 自分が奪ってきた命を、未来を、必要な犠牲と美化してきた彼は、正しい意味で人々の想いを背負うユーゴに自分が圧倒されている理由がわからないでいる。

 そして、彼は知らなかった。いつだって絶望的な状況をひっくり返すのは、そういった人々の想いを一身に背負って立つ人間だということを。


 奇跡の種は既に撒かれていた。彼が無駄だと、無意味だと言い捨てたこと全てが、彼を打ち倒すための布石になっていた。


 魔鎧獣の攻撃によって砕けたブラスタは微粒子金属へと分解され、ユーゴの魔力に反応して彼が嵌める腕輪へと戻っていく。

 その途中、メルトが攻撃に用いた無数の剣の残骸が持つ魔力を吸収し、より強靭な金属としての成長を果たしたそれらは、同じように大量の魔力が込められたマルコスのギガシザースの先端部分をも分解すると共に、ユーゴの下に帰還していった。


「……信じてるよ、兄さん。ユーゴ兄さんは強いんだ、すごいんだ、無敵なんだ。誰よりも格好いい、僕のヒーローなんだ。だから、だから――っ!!」


 人々の想いを、仲間たちの力を、その身に受け取ったユーゴの姿を真っ直ぐに見つめながら、フィーは叫んだ。

 英雄ユーゴの紅、砕けなかった盾マルコスの黄金、挑み続けた剣メルトの紫と順番に輝いた腕輪を掲げた兄へと、最後に必要な欠片を与えるように、弟は全霊の想いをぶつけた。


「勝って! ユーゴ兄さんっ!!」


 仲間たちの力と弟の想い、それを受け取ったユーゴが力強い笑みを浮かべる。

 魔鎧獣への変身の際に発生する衝撃など目ではない魔力の奔流を生み出しながら、自分を理解できないものとして恐れるラッシュの目の前で……彼は、大声で叫んだ。

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