逆転の兆し

「へぶっっ!?」


 鈍い音が高らかに響く。だが、それはユーゴの胸がラッシュに貫かれた音ではなかった。

 彼にトドメを刺さんと襲い掛かっていらラッシュは顔面を襲った衝撃に間抜けな悲鳴を上げながら、地面を滑るようにして吹き飛ばされてしまっている。

 何故? どうして? 攻撃をしていた自分が逆に攻撃を受けている? いや、それよりも――


「な、なんで、俺がここまでのダメージを? こ、これまで、クズユーゴの攻撃は俺に通用しなかったはずじゃ……!?」


 綺麗にカウンターを決められたという部分は間違いなく影響している。だが、それを抜きにしても自分がここまでのダメージを受けるはずがない。

 魔力を最大限に込めた拳でも全く痛みを感じなかったというのに、どうして今、自分はユーゴに殴り飛ばされたのか……? と、状況が理解できずに困惑するラッシュへと、右拳を揺らしたユーゴが言う。


「……軽いんだよ、お前。どれだけ殴ろうとも響かねえんだ、お前の拳は。だから怖くねえ、負ける気がしねえ。今、俺に殴り飛ばされたのがいい証拠だぜ」


「ふざっ、けるなっ! まぐれの一発が当たったからって調子に乗るなよ!? 次こそお前を仕留めてやるっ!!」


 何をされたのかはわからないが、そんなことはもうどうだっていい。

 油断さえしなければ、トドメの一発さえ当てれば、それで決着はつくのだから。


 もうブラスタはほとんど全壊している状況だ。あれでまともに戦えるわけがない。

 だから、今度こそ、ユーゴにトドメを……と躍りかかったラッシュであったが、満身創痍にしか見えないユーゴの拳を受けた途端、またしても耐え難い痛みに襲われて動きを止めてしまった。


「ぐあっ!? がっ、はっ……?」


「おおおおおおおおっ!!」


 自分の突きを躱してからの腹への一発。鈍く重い衝撃がラッシュの体を襲う。

 続けて、左拳を叩き込むように顔面へと振り抜いたユーゴは、硬い甲殻に覆われた彼の内部にまで響くパンチでラッシュに大ダメージを与えてみせた。


「あぐっ、ああ……っ!! なんだ? なんでダメージを受けた!? 何をしたんだ、クレイ・ユーゴ!?」


 意味がわからなかった。理解ができなかった。

 魔力による強化ではない。純粋に、単純に……自分は力負けして、物理的にダメージを受けている。

 だが、あり得ない。そんなことがあるはずがない。旧式の魔道具であるブラスタに使われている金属に、自分の甲殻が負けるはずがない。


 しかし……現にラッシュはユーゴの攻撃で痛手を負い、浅くはないダメージを受けている。

 いったい、彼はどんな手品を使ったのか? それを理解していないのはこの場でただ一人……ユーゴのすぐ近くにいる、ラッシュだけだった。


「……まさか、あんな戦い方があるだなんて……!」


 驚愕に染まった表情を浮かべるマルコスの視線の先で、またもユーゴがラッシュへと拳を叩き込む。

 狙いは胸。防御力に自信があるからこそがら空きになっているそこにストレートを繰り出したユーゴの拳が、インパクトの瞬間に黒い鉄の塊に覆われる。


 それ以外の部位、ユーゴの体を覆う鎧はほぼ消滅していた。

 だが、それはただ壊れたのではない。凶悪な魔鎧獣を倒す血路を開くための力を、ユーゴに与えている。


「ブラスタは、魔力を用いて微粒子金属を鎧の形に固定した魔道具。その金属を極限まで圧縮した状態で攻撃の瞬間に集中させることで、ラッシュの甲殻を超える硬度の金属に変質させているんだ……!」


「この土壇場で、こんな戦い方を思い付くだなんて……! これなら――!!」


「……ダメだ。それでもまだ…………!」


 ぎりぎりの状態で見つけ出した驚異的な硬度を誇る甲殻の攻略法。

 鎧による防御を捨てた攻撃特化の戦い方をするユーゴの姿に希望を見出すメルトたちであったが、技術者であるフィーにはが見えていた。


 確かにこの戦い方ならばラッシュにダメージを与えられる。しかし、トドメを刺すには至らない。

 どれだけ必死に微粒子金属を強化しようとも、硬い何かを斬れば剣が刃こぼれしてしまうように、ユーゴの拳を覆う金属もまた砕けていく。


 足りないのだ、文字通り。ラッシュを倒すよりも早く、ブラスタの微粒子金属が尽きてしまう。

 しかし、ユーゴにはこれ以上攻撃を強化する術はない。ここまでやっても、まだラッシュには敵わないのである。


「兄さん、ごめん……! 僕がもっとブラスタを改良しておけば……!」


 もっと微粒子金属の量を多くしておけば、この戦いを制せたかもしれない。

 兄の限界値を見誤ったが故の失敗を嘆くフィーが涙を流しながら崩れ落ちる。


 兄が負けたとしたら、それは自分のせいだ。自分がもっと兄の力を引き出せるよう、ブラスタを改良しておけばこんなことにはならなかった。

 深い自責の念に襲われたフィーが、そんなことを考えていると――?


「……なんて顔してるんだよ、フィー。まるで、俺が負けると思ってるみたいじゃねえか」


「えっ……?」

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