激闘

 燃えるような紅蓮の髪を靡かせ、普段の楽し気な雰囲気が完全に消え去っている精悍な表情を浮かべながらこちらを見つめるユーゴへと、大声で吼えるラッシュ。

 彼と視線を交わらせながら、ユーゴは一切表情を変えないままにこう問いかける。


「……本当にお前なのか、ラッシュ? お前が、こんなにも大勢の人たちを巻き込むような事件を起こしたっていうのか?」


「そうだ、俺がやったんだ。俺はここまでのことができるようになった! お前に敗れた弱い自分を捨て、強い自分に生まれ変わったんだ!」


「この街で起きている失踪事件の犯人もお前なのか? お前が、いなくなった人たちを――?」


「ああ、そうだとも。みんな、俺の強さの糧になってもらった。彼らの犠牲と協力がなければ、俺はここまでの成長を果たせなかっただろう。俺はみんなの想いを背負っている。みんな、俺に期待して……命を捧げてくれたんだ」


「ふざけるな! お前、自分が何をしたのかわかってんのか!? 殺したんだぞ、人を! それも自分の友達をだ! そんなことをしておいて、心が痛まないのかよ!?」


「何も。俺はこの世界で最強の存在になる。お前を倒し、英雄と呼ばれるようになったゼノン・アッシュも倒し、俺はその英雄を超えた英雄となった。俺はあんな学園に収まるような器じゃない。この広い世界に名を轟かす、最強の英雄になるんだ! そのための犠牲になれるのだから、みんな幸せだろう?」


 悪気も、罪悪感も、一切感じていないラッシュの言葉を耳にしたユーゴが拳を握り締める。

 左の拳が唸りを上げるほどに力を込めながら、彼は完全に外道へと堕ちたラッシュへと怒りを滲ませた声で忠告を発した。


「……受け売りだけど、今のお前にぴったりな言葉があるぜ。英雄ってのはな、英雄になろうとした時点で失格なんだよ。沢山の人たちの命を奪ったお前が英雄を名乗るんじゃねえ。お飾りの名前じゃあねえんだよ、英雄ヒーローってのは」


「ははっ、面白いことを言うじゃないか……! ならこうしよう。俺とお前が決闘して、勝った方の言い分を認める。世の中は力が全てだ。力を得ることこそが何よりも優先されるべきことなんだ。強くなった俺は、何もかもを思い通りにしていいんだ!」


「……救えねえな、どこまでも。んな決闘に乗るつもりはねえ。俺はただ、自分にとって大切なものを守るためにお前を倒すだけだ」


 ミシミシと骨が鳴る音が響くくらいに握り締めた拳を顔の横で構えるユーゴ。

 伏せた顔を上げ、真っ直ぐにラッシュへと目を向けた彼は、左腕の腕輪に魔力を注ぎ込むと共に叫んだ。


「変……身ッッ!!」


 煌めく紅の魔力と、吹き荒れる禍々しい魔力。

 二つの力がぶつかり合い、衝撃を生み出す中、ブラスタを装着したユーゴが魔鎧獣へと変貌したラッシュへと殴り掛かる。


「ふっ、はっ!!」


「ふふふっ、はははっ!」


 魔力を込めた右拳での一撃。しかし、それも以前と同じように硬い蟹の甲殻を砕けはしなかった。

 拳に響く痛みを感じながらも果敢に突きを繰り出し続け、最後に思い切りラッシュを蹴り飛ばすユーゴであったが、相手は一切ダメージを受けた様子を見せず、余裕たっぷりな反応を見せてくる。


「効かないなあ! お前を倒したゼノンですら打ち破れなかった防御だぞ? その程度の攻撃でどうにかできると思うな!」


「ちっ……!」


 前回同様、硬い蟹の殻を拳で打ち破るのは難しいようだ。

 全力で殴った感触から察するに、ラッシュの体は前に戦った蟹怪人のそれよりも数段硬い。仮に顔面に攻撃をクリーンヒットさせたとしても、倒すことは難しいだろう。

 そして、全身に生えた棘が自動的に攻撃を仕掛けてきた相手へと反撃をしてくれる。殴れば殴るほど、ユーゴの拳は傷付いていくばかりだ。


(超接近してほぼ密着する俺流拳法もあの棘がある以上は使えない。さて、どうするか……)


 前回は共に戦ってくれるマルコスがいたが、今回は一対一だ。

 そして、相手は前に戦った男よりも数段強いラッシュと、かなり絶望的な状況。


 堅い守りを誇る敵をどう攻めるかを考えるユーゴであったが、そこでラッシュが反撃に打って出る。


「さて、そろそろこちらも攻めさせてもらおうか! 覚悟はいいか? ユーゴ・クレイ!!」


「っっ!!」


 接近からの腕の振り下ろし。鋭く素早いその一撃を交わしたユーゴがラッシュの横っ面に拳を叩き込むも、やはりダメージは薄い。

 相手からの反撃をお構いなしに繰り出された刺突攻撃はどうにか掴むことができたが、そのせいで両手が塞がってしまった。


「もらったっ! くらえっ!!」


「兄さんっ!!」


 動きが止まり、防御のための腕も塞がった。もう自分の攻撃に対処する術はない。

 的確に相手の隙を生み出したラッシュが空いている左腕をユーゴの顔面へと叩きつければ、バキンッ、という金属にひびが入る嫌な音がフィーたちの耳に響いた。


「そらそらそらあっ! どうにかしてみせろよ、ユーゴ・クレイ!」


「ユーゴっ! くぅぅっ!!」


 そこから続くラッシュの猛攻をどうにか躱し、防ぎ、直撃を避け続けるユーゴであったが……その間にも、攻撃を浴びたブラスタは徐々に傷付き、ひび割れ始めている。

 旧式の魔道具では金属の硬度が足りていないのだとフィーは思った。治療に手一杯で嬲られる彼を助けにいけないことが歯痒くて仕方がないとメルトは思った。

 マルコスもまた、好敵手であるユーゴが苦戦する様を悔しそうに見つめており、どうにか再び戦線に復帰しなければと考えている。


「魔力を属性に変換する機能を付けていれば手もあったかもしれないのに……! 僕が、強化の方針を間違えたから……!!」


「ユーゴ、死なないで……! 治療が終わったらすぐに援護するから、それまで持ち堪えて……!」


「待っていろ、ユーゴ……倒すんだ、私と、お前で……! がふっ、ごふっ!!」


 絶望と悲しみが伝播していく。フィーたちの不安は、彼らの背後にいる子供たちにも伝わっていった。

 そして……顔面をぎりぎり掠めるようなラッシュの攻撃によってブラスタの兜の一部が粉砕され、その奥に隠れていたユーゴの顔が露わになった瞬間、この場を満たす負の感情が爆発の時を迎える。


 絶望の調べとでもいうべき子供たちの泣き声を、その大合唱を聞きながら満足したように高笑いしたラッシュは、既に鎧と呼べなくなってしまったぼろぼろの黒鉄を纏うユーゴへと叫ぶようにして言う。


「どうだ? 理解したか? これが力だ! これが俺とお前の差だ! どれだけ足掻こうとも、何をしようとも、無駄なんだよ!! 強者は弱者を糧に更なる高みへと昇り詰める! それがこの世界の真理だ!」


 強さこそ至高の存在であるという妄執に憑りつかれたラッシュは、既に自分の力に酔い痴れているのだろう。

 力を得るためならばどんなことをしても許される。確固たる信念の下に外道を歩む彼は、かつての弱かった自分との決別を迎えるための最後の儀式に臨もうとしていた。


「ユーゴ・クレイ……! 俺は、お前を超えたぞ! お前に負けたあの日の俺はどこにもいない! お前を殺して……俺は、生まれ変わるんだっ!!」


「兄さん……! 兄さぁぁぁんっっ!!」


 鋭く黒い蟹の爪がユーゴへと迫る。

 兄の危機に涙を浮かべながら叫んだフィーの脳裏には、ラッシュに胸を貫かれるユーゴの姿が浮かび上がっていた。


 死んでしまう、大好きな兄が。自分の目の前で殺されてしまう。

 その恐怖に叫ぶ彼が思わず駆け出そうとした、その瞬間だった。

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