いつだってヒーローは遅れてやってくる
「マルコス、あなた……!!」
残ったギガシザースの装甲部分を盾に、残された力を振り絞ってタックルを食らわせたマルコスがメルトへと叫ぶ。
お楽しみの時間を邪魔されて怒る彼の前に立ちはだかったマルコスは、荒い呼吸を繰り返しながら再び彼女へと言った。
「こいつの相手は私がする。その間に、子供たちを連れてここから脱出するんだ。急げ!」
「でも、そんなことをしたらあなたは……!」
「自ら捨て駒になるとは泣かせるじゃあないか。だが、今のお前に何ができる? 鋏をもがれた貴様が、俺をどうやって倒すというんだ?」
黄金の鋏を失い、攻撃の術をも失ったマルコスを嘲笑うラッシュ。
最後の力を振り絞る彼はその言葉を受け、こう答える。
「お前の、言う通りだ……私は、お前を倒せない。だが、お前の目的を妨害することならできる。子供たちには、手を出させん……!!」
「……ほう?」
ラッシュは、マルコスのその答えを面白いとでもいうように目を細めた。
自分が侮辱されていることを理解しながらも、今はそんなことよりも優先すべきことがあるとわかっているマルコスは、自分の腕に残された装甲を構えながら大声で叫んだ。
「来い、化物! 我が名はマルコス・ボルグ! 誇り高きボルグ家の嫡男にして、子供たちの未来を守る黄金の盾だ! 私はまだ立っている! 倒れはしない! たとえ死んでも、お前の魔の手から無垢なる命を守り切ってみせるぞ!」
「あははははは! 面白い! 決めたぞ、まずはお前を虫の息になるまで叩きのめす! その後でメルトを犯し尽くして、最後にお前たちの目の前で子供たちを貪り喰ってやるよ! そのちんけなプライドをぐしゃぐしゃになるまでぶち壊してやる!」
狂気に満ちた咆哮を上げたラッシュがマルコスへと躍りかかる。
黄金の装甲を盾に、時間を稼ぐべく必死に耐えるマルコスであったが、ラッシュはそんな彼を嘲笑いながらどんどん攻めの手を強めていった。
「無駄なんだよ、何もかもが! この建物の周囲には俺が生み出した魔獣が配備してある! 誰一人として外に逃げられるはずがない! お前が命懸けで俺に立ち向かおうとも、時間を稼ごうとも、何の意味もないんだよっ!!」
「ぐっっ!? うぉぉ……!」
ラッシュの攻撃を受ける度にギガシザースは凹み、時に破片となって砕け散っていく。
懸命に時間を稼ぐマルコスの戦いを無駄にしないためにもとメルトは必死に脱出口を探しているが、大人数の子供たちを連れていては施設を取り囲む蟹たちを突破できずにいた。
「無様なもんだなあ! 自ら負け戦に志願し、ご自慢の魔道具も砕かれ、こうして俺に叩きのめされている! 何一つとしていいところがないじゃないか、マルコス! 誇り高いボルグ家の嫡男として、意地を見せてみろよ!」
「がはあっ!!」
両腕の鋏を束ねてのハンマースイング。頭上から硬い甲殻に覆われた爪を振り下ろしたラッシュの一撃を背中に受けたマルコスが呻く。
そのまま地面に倒れ伏した彼をせせら笑った後、ラッシュは子供たちを庇うように立つメルトの下に歩み寄ろうとしたのだが……。
「ま、まだだ……! まだ、私は……っ!」
その足を掴んだマルコスが、口から血を吐きながらラッシュへと視線を向ける。
息も絶え絶えの人間が見せるとは思えない、不屈の炎を宿したその瞳に嫌悪感を抱いたラッシュは、舌打ちを鳴らすと共に吐き捨てるようにして彼へと言った。
「……いい加減にウザいんだよ、お前。雑魚は雑魚らしく、地べたに這いつくばってろ!」
「がっ……!」
マルコスの体を掬い上げるように足を動かし、彼を蹴り飛ばすラッシュ。
放物線を描きながら壁に向かって飛んでいくマルコスの周囲に、砕けた黄金の装甲が散らばっていく。
(ここまで、か……私は、何も守れないまま、何も成せずに、このまま……)
守れなかった。時間すらまともに稼げなかった。自らの無力さに震え、悔しさに涙を滲ませ、宙を舞うわずかな時間にマルコスが自分の弱さを呪う。
ラッシュの言う通り、全ては無駄だったのかと……そう、彼が思いかけたその時だった。
「うっ……!」
宙を舞い、地面に叩きつけられるはずだった体が不意に誰かに受け止められる。
朦朧とする意識の中、ゆっくりと顔を上げたマルコスは……そこに、待ち望んだ男の顔を見た。
「……悪い、遅くなった」
「本当に、だ……まったく、私を、こんなに待たせて……」
ぐっと、彼がマルコスの肩を担ぐ。今にも崩れ落ちそうな体をしっかりと支える。
そのままメルトや子供たちがいる場所までマルコスを運びながら、彼はこう言葉を投げかけた。
「みんな、無事だな。メルトは服を破られてるけど、大きな怪我はしてないみたいだ。お前がみんなを守ってくれたんだな」
「何も、できなかったさ……私は、無力だ。何も成すことなどできていない……」
「何言ってんだ。お前は最後まで立ち向かったじゃねえか。たとえ勝てなくとも、子供たちを守るために必死であいつと戦った。だから俺は間に合ったんだ。何もできなかったなんて言うな、マルコス。お前はあの子たちを守ったヒーローなんだ。胸を張れよ」
強く、強く……よろめく体を支えられる。
彼の腕からは、その手からは、自分に対する尊敬の念が感じられていた。
子供たちが待つ場所へとマルコスの体を置き、自らの制服の上着をメルトへと差し出した彼は、共にやって来た弟と彼女に戦友を預けながら振り向く。
「フィー、メルト……マルコスを頼んだ」
弟が、友が、子供たちが見守る中、倒すべき敵へと向かって彼は歩み出す。
魔鎧獣から人間の姿に戻ったラッシュは、自分の方へと歩いてくる男を睨み付けながら、その名を叫んだ。
「待っていたぞ、ユーゴ・クレイ! お前を殺すことで、俺は完全に生まれ変われるんだ!」
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