蹂躙される者

「どうだ? これが俺が手にした力だ! お前なんかには到底辿り着けない高みに、俺は到達したんだよ!」


「高みだと……? 馬鹿が、自分が堕落したことにも気付かないとは、お前は正真正銘の愚か者だ!」


「……さっきから堕ちただの堕落しただのうるせえな。落ちぶれてんのはてめえと、あのクズの方だろうがっ!!」


 一歩、前へと踏み込んだラッシュが怒声と共に刺突を繰り出す。

 それを再びギガシザースで防ぐマルコスであったが、重さを増したその一撃による衝撃を殺し切ることはできなかった。


「ぐっ……!」


 装甲を貫通するかのような一撃に呻きながらも、どうにか反撃として腕を振るってラッシュの胸を叩くマルコス。

 しかし、その一撃も鈍い金属音だけを響かせただけで、ラッシュには一切のダメージを与えられずに終わってしまった。


「貧弱な攻撃だな。お前程度の雑魚が俺に勝とうだなんて、甘いんだよ!!」


「ぬううっ!」


 右、左、また右……と、爪での連撃を繰り出すラッシュに押されるマルコスは防戦一方に追い込まれていた。

 このままでは防御を破られるのも時間の問題だと、打開策を見つけられないでいる彼が必死に装甲で爪を防ぐ中、そんな彼を助けるように紫の剣が飛んでくる。


「うん? これは……!」


「マルコス! 今の内に距離を取って!」


「メルト・エペか! 助かった!」


 飛来した数本の剣はラッシュの甲殻に当たって砕けたが、不意を突かれた彼の動きを止めることには成功した。

 その隙に彼との距離を取ったマルコスは、助け舟を出してくれたメルトへと感謝を告げる。


「ああ、ちょうどいい……! 君もここにいたんだな、メルト・エペ。君に生まれ変わった俺の強さを見せつけられるだなんて、今日は本当に素晴らしい日だ」


「ウィンヘルムくん……なの? 本当にあなた、あのラッシュ・ウィンヘルム……?」


「耳を貸すな、メルト・エペ。奴はもう、我々が知っているラッシュではない!」


 未だにラッシュが魔鎧獣へと変貌したことを信じられないでいるメルトへと、マルコスがその迷いを断ち切るよう告げる。

 少なくとも彼がこの事態を引き起こし、子供たちを手をかけようとしていることは間違いないのだと、そう思い直したメルトもまた複数の剣を生み出すと、横に立つマルコスへと声をかけた。


「どうする? 私の剣もあの甲殻に防がれちゃったよ?」


「……狙うなら顔面しかない。ユーゴがやったように、あそこに強烈な一撃を叩き込む。援護しろ!」


 先日の蟹怪人との勝負を決めたユーゴの戦法。体で最も柔らかい部分であろう顔面への攻撃に活路を見出したマルコスがメルトへとそれを伝えた後、ギガシザースに魔力を充填しながら駆け出す。

 先端の鋏に全てを集中。鋭さと力強さを強化し、今の自分が持つ最大の一撃を叩き込む意識を持ちながら突進する彼を援護するように、メルトが紫の剣を次々とラッシュへと発射し続ける。


「ほう、なるほどね? 弱者同士の涙ぐましい連携ってところか。でもさ――」


「うおおおおおおっ!!」


 剣が砕け、魔力へと散りながらもラッシュの周囲へと散乱していく中、咆哮を上げながら左腕を彼の顔面へと伸ばすマルコス。

 メルトの魔力も利用し、その先端に二人分の魔力を込めた鋭い突きは見事に魔鎧獣の顔面に叩き込まれ、そして――


「――意味なんてないんだよ。雑魚が何をやってもな」


「なっ……!?」


 ――その硬度に負け、ギガシザースの鋏が粉々に砕け散った。


 最大の、最高の、最強の一撃がクリーンヒットしたというのにも関わらず、相手はダメージを受けていない。

 それどころかこちらの魔道具が粉砕されてしまうだなんて……と驚愕したマルコスの胴を、鋏を薙いで繰り出した横振りの一撃が襲う。


「ぐはあっ!」


「マルコスっ!!」


 装甲での防御も叶わず、もろにその一撃を受けてしまったマルコスの体が宙を舞う。

 優秀なステータスを持つゼノンでさえ防ぎ切れなかった攻撃を一介の生徒である彼が受けて無事で済むわけもなく、魔法障壁を破る威力を誇るその一撃は、マルコスに甚大なるダメージを与え、戦闘不能にまで追い込んでしまった。


「脆い、脆い……! こんなんじゃあウォーミングアップにもなりゃしないな」


「このっ……!」


 前衛のマルコスが容易く吹き飛ばされる様を目にして一瞬だけ怯んだメルトであったが、自分の背後にいる子供たちのことを思い出すと共に、萎えかけてしまった戦意を奮い立たせた。

 ユーゴならこんな時だって絶対に逃げない。最善を尽くし、突破口を見出そうとするはずだ。


「やあああっ!!」


「ダメだ、止せ……! メルト、無茶だ……っ!」


 倒れたマルコスの制止を振り切って、スワード・リングに魔力を集中させたメルトが最高強度の剣を作り出す。

 紫に輝くそれを手に取った彼女は、ラッシュに対して遠距離ではなく近距離戦を挑むも、やはりそれは無謀だった。


「かわいい抵抗じゃあないか。まあ、無意味だけどな」


「うっ! ああっ!?」


 堅牢な甲殻目掛けて振り下ろされた剣は、直撃と共に砕け散った。

 反撃として蟹の爪に首を挟まれたメルトが手の中に残った柄をも取りこぼす中、ギチギチと不快な音を響かせながら口から泡を吐いたラッシュが、目を細めながら彼女の制服に爪をかける。


「きゃあああっ!?」


「ラッシュ! 何をするつもりだ……!?」


 アラクロの爪を防いだ魔導障壁も、ラッシュには通用しない。

 いとも簡単にメルトの服を剥いで下着姿にしてみせた彼は、彼女の大きく膨らんだ胸や白い肌を目にすると愉悦に満ちた声で言う。


「実に美味そうな体じゃあないか……!! ああ、安心してくれ。今のはとして言ったんじゃあなくって、女性的な魅力に富んでいるという意味さ。食べはするが、それは性的な意味でだよ」


「最っ低……!!」


 首を締めあげられながらも反抗の意思を見せるメルトが卑猥な言葉を浴びせ掛けてきたラッシュへと侮蔑の眼差しを向ける。

 それすらも楽しんでいるラッシュは、そのまま彼女へとこう続けた。


「なあ、メルトくん。俺のものになれよ。俺の強さはわかっただろう? 今、俺に服従すれば、君は最強の男の伴侶になれるんだぞ? いい話だと思わないか?」


「誰があなたみたいな奴に従うもんですか! 絶対にお断りよ!」


「ふぅん、強情だな……! だが、ますます気に入ったよ。順番が逆になるが、まずは君をいただくとしよう。あの子たちに性教育をしてやろうじゃあないか」


「ううっ……!?」


 ラッシュが何を考えているかを理解したメルトが不快感と恐怖に目を閉じる。

 残された数少ない衣服であるブラジャーを剥ぎ取られる悪寒に身震いする彼女であったが、突如として浮遊感に襲われると共に絞められていた首が楽になり、体が自由になった。


「うぐあっ!? このっ、雑魚が……!」


「逃げろっ、メルト・エペ! 子供たちを連れて、学園まで逃げるんだ!!」

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