子供たちの下に襲来する怪物

「怖いよ~っ! 怖いよ~っ!!」


「助けて、誰か~っ!!」


「みんな落ち着いて! 落ち着くのよ! 大丈夫! 大丈夫だから!」


 同時刻、養護施設は子供たちの悲鳴と泣き声が響く地獄絵図と化していた。

 襲い来る小型の蟹たちの恐怖に子供たちが泣きわめく中、それを的確に魔力剣の投擲で撃退し続けるメルトが、子供たちの盾となるマルコスへと叫ぶ。


「ダメっ! こいつら、次から次へと湧いてくる! これじゃあ脱出なんかできないよ!」


「どうなっているんだ!? 何が起きている!? 警備隊はまだ来ないのか!?」


 異変が発生してすぐに施設の職員が警備隊へと通報をしたのだが、連絡が通じることはなかった。

 まさか、この異変は施設だけでなく街全体で発生しているのでは……と驚愕しながらも、二人は懸命に敵を薙ぎ払っていく。


「耐えろ! 耐えるんだ! 耐えていれば警備隊も駆け付ける! そうでなくとも、必ず脱出の機会が訪れるはずだ!」


「みんな、頑張って! 大丈夫、私たちが付いてるからね!」


 子供たちを励まし、職員たちと協力し、どうにか大群を成して襲い掛かってくる怪物を撃退して……そうやって援軍を待ちながらメルトとマルコスは戦い続ける。

 終わりの見えない戦いは二人の精神を摩耗させていったが、子供たちを守らなければという一心で自分を奮い立たせ、どうにか脅威を排除し続けていった彼らは、不意に攻撃の波が止まったことで戦いの手を止めた。


「終わったの……? あいつら、諦めた?」


「油断するな。第二波がいつ来るかもわからん。今の内に状況を確認し、脱出の手立てを――ん?」


 一時的かもしれないが、脅威は去った。

 この隙に脱出の方法を見つけ出そうと提案したマルコスが、施設の庭を歩く生徒の姿を発見し、目を凝らす。

 その姿に見覚えがあった彼は怪物が襲ってこないことを確認してから外に出ると、生徒へと声をかけた。


「ラッシュ、お前か!? どうしてお前がこんな場所に? ……いや、まあいい。今はそんなことを言っている場合ではない。私たちに手を貸せ、ここから子供たちを連れて脱出するぞ」


「……脱出? どこに向かうつもりだい?」


「ルミナス学園に決まっているだろう。あそこならば防衛の設備も整っているし、先生たちもいる。あそこまで行ければ安心だ。それに、ユーゴだってこちらに向かっているだろう。奴と合流さえできれば、きっと――!!」


 ユーゴへの信頼を滲ませる言葉を口にしたマルコスが、そこで口を閉ざして首を振る。

 奴を認めてはいるが、頼りきりになって堪るものかと自分を鼓舞した彼は、再びラッシュの方を見て、協力を要請しようとして……気が付いた。


「……ラッシュ? お前、ラッシュ……だよな?」


 目の前の彼は、自分の知るラッシュではない。

 いや、姿かたちは間違いなくラッシュ・ウィンヘルムだ。しかし、今の彼からはどこか狂気じみた何かが発されている。


 決して、マルコスは彼と仲がいいわけではない。しかし、数年間共に学園で生活してきたラッシュの雰囲気は、重々に承知している。

 今の彼は、自分の知る彼ではない。ラッシュの形をした別の何かだ。

 そんな確信をマルコスが覚えた瞬間、彼は狂気を膨れ上がらせながらニイッと笑みを浮かべた。


「そうか、ユーゴ・クレイがここに向かっているのか。それは好都合だ……! なら、お前たちには俺のウォーミングアップに付き合ってもらうとしよう」


「貴様、それは……っ!?」


 そう言いながらラッシュが懐から取り出した黒い鋏を目にしたマルコスが驚愕しながら叫ぶ。

 先日、この養護施設を襲った不審者が持っていた物とそっくりなそれを用いて彼が何をしようとしているかを瞬時に理解したマルコスは、咄嗟にラッシュを殴り飛ばそうとしたのだが――


「はははははっ! 今日は最高の日だ! 忌々しいユーゴ・クレイを倒し、俺が最強になるための糧を得るんだからな! 新たなる俺の門出に相応しい、素晴らしい日になるぞ!!」


「うおおおっ!?」


 マルコスの行動は一足遅く、魔鎧獣へと変貌する際の魔力の奔流に吹き飛ばされてしまった。

 体勢を立て直した彼が目にしたのは、以前戦った蟹の怪人とよく似た、されど凶悪さが増した魔鎧獣の姿。

 それが学友が変貌したものだと思考が追い付いた瞬間、マルコスは怒りとも哀しみともいえない感情を湛えた表情を浮かべながら呻く。


「ラッシュ……! 貴様、どうして外道に堕ちた!? それが正しい力ではないことなど、わかっているだろうに!」


「正しい、正しくないを決めるのは上に立つ者だ。俺は素晴らしい力を得て、それを覚悟を持って使っている。外道になど堕ちてはいない」


「詭弁を……!! 人々を傷付けるような騒動を起こしておいて、何が堕ちていない、だ!? 魔導騎士を目指す者としての誇りはどこに行った!?」


「やかましい奴だ。弱い犬ほどよく吼えるとはこのことか。まあ、いい……弱者は力でねじ伏せ、黙らせるに限る!!」


「っっ!?」


 吼えたラッシュが巨大な鋏と化した右腕を振るう。

 咄嗟にそれをギガシザースの装甲でガードしたマルコスであったが、予想以上の威力に後方へと押し込まれてしまった。


「ぐっ……! この力は……!!」


 先日の男よりも数段上の力。おそらくは、防御力も格段に上昇しているのだろう。

 そして、闘いの素人であったあの男とは違い、ラッシュは曲がりなりにも魔道具を用いた戦闘の訓練を積んできた人間だ。


 本能が警鐘を鳴らしている。本格的にマズいと自分の中で何かが叫んでいる。

 前回、蟹怪人を倒したユーゴもこの場にはいない。状況は最悪の一言だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る