怪物を纏う人間

「あなた、何なんですか? さっきから子供たちを見てましたよね? これ以上付きまとうのなら、警備隊を呼びますよ!?」


「………」


 生気のない瞳をこちらへと向ける謎の男性へと、施設の職員である女性が勇気を振り絞って警告を行う。

 何か異常事態が起きていることを理解したユーゴとマルコスが彼女の下へと駆け寄れば、職員ははっとした表情を浮かべながら二人へと声をかけてきた。


「ああ、ちょうど良かった! 悪いんだけれども、どっちか正門に不審者が来ているって中の人たちに伝えてきてもらっていいかしら? 警備兵を呼んだ方が良さそうだし……」


 そう言いながら、女性職員がちらりと男の様子を伺うも、彼は一切の反応を見せないままだ。

 いや……わずかに視線を動かし、ユーゴたちではなく子供たちが眠っている施設の方を見た彼は、そこで口の端を吊り上げた邪悪な笑みを浮かべ、狂ったような笑い声を漏らし始めた。


「ク、ククククク……! クククッ! ククッ!」


「……どうやらそうみたいっすね。放置していい奴じゃなさそうだ」


「緊急措置として身柄を拘束しておくか。この様子では、そうされても致し方あるまい」


 どこからどう見ても不審者、それもかなり危ない雰囲気を漂わせている男性の様子にユーゴとマルコスが警戒心を強める。

 子供たちに何かあっては遅い。そうなる前に捕縛しておいた方がいいのでは……と、彼らが考え始める中、不意に男性が口を開いた。


「そこを、退いてくれよ。お前たちに用はない。用があるのは、子供たちだけなんだ……!」


「……それを聞いたらますます退くわけにはいかなくなったな。おい、そこを動くなよ? 事と場合によっちゃあ、こっちも本気出すぞ?」


「欲しいんだ、子供たちが……! 好みの餌を食えば、はもっと強くなる。だから、だからさ……!! 俺にくれよ、美味しい餌を……!!」


 ビクッと、体が震えた。

 これまで感じたことのない恐怖が本能を揺さぶっている。全身の感覚が、この男は危険だと警鐘を鳴らしている。


 異質。異常。違和感。そんな言葉では表現できない何かを、目の前の男は発していた。

 ユーゴもマルコスもいつでも魔道具を発動できるように構えを見せる中、男は懐から何かを取り出す。


「止まれ! 妙な動きをするな!」


「ふひっ、ひ、ひひひっ! ひひひひひっ!!」


 咄嗟にマルコスが警告をするも、男は止まる気配を見せない。

 狂った笑い声を一層大きくした男は、そのまま手にした何かを掲げながら何かに陶酔しているような声で叫んだ。


「俺はもっと強くなりたい! こいつを育てればそれが叶う! 俺のために……子供たちの命を寄越せぇぇっ!!」


「っっ!? 危ないっ!!」


「ぬおおっ!?」


 反射的に女性職員を引き寄せながら倒れ込んだユーゴと、ギガシザースを展開して盾になったマルコスの叫びが響く。

 すさまじい衝撃が周囲を襲い、爆発じみた風が吹き荒れる中、女性を庇いながら立ち上がったユーゴは、信じられないものを目の当たりにして言葉を失った。


「なんだ、あれは……?」


 それはまさに蟹だった。いや、人の形をした蟹だった。

 鋭い棘が生えた赤い甲殻。両手の鋭利な爪。泡を吐く口と、その全てが蟹の特徴を備えているが……形だけは明らかに人のそれだ。


 ギチッ、ギチッと不快な音を響かせながら、ボコボコと泡を噴き出しながら、真っ黒に染まった瞳をこちらへと向ける蟹の怪人。

 彼が右腕を一振りすれば、ユーゴたちとの間にあった金属製の門が真っ二つに断ち切られ、その鋭さを目の当たりにした女性職員が小さく息を飲む。


「ああ……! やっぱりこの力は最高だ! もっと強くなりたい! もっと素晴らしい力を手に入れたい! そのためには食事が、餌が必要だ! 子供子供子供、子供ォォォォッ!!」


「この声、さっきの男か? じゃあ、目の前の化け物は……!!」


「馬鹿な……! 人が魔鎧獣に変貌したとでもいうのか!? そんな馬鹿なことがあるはずが……!!」


 蟹の甲殻……いや、蟹の化け物の力に覆われた男の姿に唖然とするユーゴたち。

 一歩、また一歩とこちらに歩み寄る蟹怪人の威圧感に負けそうになるユーゴであったが、はっとして自分の背後にある建物へと視線を向けて立ち上がった彼は、立ち上がると共にマルコスへと叫ぶ。


「マルコス! こいつの目的は子供たちだ! 絶対にここで食い止めるぞ! 俺とお前で、こいつを倒すんだ!」


「……ああ、わかった!」


 この男の異常性は身に染みて理解している。こいつを子供たちの下に向かわせたら、最悪の事態が起きてしまう。

 絶対にそれだけは防がねばなるまいと決意したユーゴは、マルコスと並び立つと共にブラスタを起動しながら叫んだ。


「変……身っ!!」

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