とあるえら~いバイオリニストの言葉

「いや~、やっぱ子供たちと触れ合うのっていいよな~! こっちまで元気をもらえるぜ!」


「……お前の体力はどうなっているんだ? 私はもう、疲れた……!」


 それからまたまた数時間後、ユーゴとマルコスは施設の裏庭で休憩を取っていた。

 子供たちはお昼寝タイム。メルトとフィーが付き添いで彼らの傍に付いてあげている。

 男二人はこれから届く荷物を運搬する役目があるため、少し早めに外に出て休んでいる真っ最中というわけだ。


 溌剌としているユーゴとは対照的に疲れた顔をしているマルコスではあるが、どこか清々しい表情をしているようにも見える。

 そんな彼のことを横目で見て微笑んだユーゴは、暇つぶしを兼ねて彼へとこう話を切り出した。


「悪い気分じゃねえだろ? あんなふうに子供たちの笑顔に囲まれるのってよ」


「ふんっ、保育士の真似事などこれ以降はやりたくもないがな! まあ、ボルグ家の威光をあの子供たちに示すのも悪くはあるまい」


 割と嵌ってるじゃないか、とは言わずにカッカッカと楽し気に笑ったユーゴがからかうような視線を向ければ、マルコスは苦々し気な表情を浮かべた後で水の入ったボトルを傾けてその中を飲み干し、その視線から逃れてみせた。

 自身も同じく水を飲んでから、ユーゴは彼へと言う。


「こんなことを言うと気持ち悪いとか言われるかもしれねえけどさ。俺、なんかお前のこと、好きになってきたわ。出会い方は最悪だったし、フィーにしたことはまだ恨んでるけどな」


「……急に何を言う? 私をからかっているのか?」


「そうじゃねえって。お前さ、俺に喧嘩を吹っかけてきた時、ガランディルを失った今のお前になら勝てる! 的なことを言ってたじゃん? あれ、今考えると物凄く馬鹿正直だなって思ったんだよ。こないだ戦った連中なんてよ、メルトをダシにして決闘を吹っかけてきたかと思えば、負けたら負けたでデマを振りまくわけじゃん? いい迷惑だよ、ホント。その点、お前はそういうことはしてなかったし、相対的に好感度が上がったよな」


「全く嬉しくない好感度の上がり方だな。そもそも、お前に好かれても何も嬉しくなどない」


「そう言うなよ。そんなに張り詰めててもいいことなんてないぜ? 張り詰めた糸ほどすぐ切れる。もっと余裕と遊び心を持てよ。そうすれば、きっとお前のいいところが前に出てくるはずさ」


 受け売りだけどな、と付け足した上でウインクしたユーゴの言葉に、僅かに唸ったマルコスが視線を逸らす。

 張り詰めた糸……確かに今の自分はそうかもしれないと、彼は心の中で思っていた。


(思えばそうだ。私は、誇りこそあれど自らの実力は熟知していたはずだ。こいつとの決闘に敗れてから、どんどん自分が見えなくなっていた気がする……)


 ガランディルを失ったユーゴとの決闘にあっさりと敗北したあの日、自分の足元ががらがらと音を立てて崩れていくような感覚に襲われたことを覚えている。

 自分はこんなにも弱かったのかと、勝てると思った戦いに完全敗北した自分自身の情けなさを認めたくなくて、ユーゴへの対抗心を燃やし続けた結果、よりひどい醜態を重ねてしまった気しかしない。


 トンネルでの事件もそうだ。少女への対応も、アラクロたちとの戦いも、功名心が先走ってあまりにもお粗末な真似をしてしまった。

 人々を守る魔導騎士として、誇り高きボルグ家の人間として、あるまじき態度を見せていたのではないかと、今ならそう思うことができる。


「心の余裕と遊び心、か……」


「そうそう! 大事だぜ、遊び心! 余裕のない奴に人は惹かれない。ヒーローの条件その八・子供たちに愛される存在になること! これは大事だから、メモっておけよ!」


「……なんだ、それは。私が張り詰めた糸だとしたら、お前は緩みっぱなしの糸だな」


 どこまでも能天気なユーゴの言葉を聞いたマルコスの口元には、自然と笑みが浮かんでいた。

 自分自身と向き合った彼が少しだけ心の余裕を取り戻せたことを喜ぶと共に、その機会をくれたユーゴへと言葉には出せない感謝の気持ちを抱く中、正門の方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。


「ん……? なんだ? なんかあったのか?」


「配達業者が来たのかもしれん。とりあえず、行ってみるか」


 誰かが話すような音を聞いた二人が、予定していた時間よりも早くに配達が来たのかもしれないと思い、休憩を切り上げて正門へと向かう。

 しかし、そこに居たのは業者ではなく、薄汚い格好をしたどこからどう見ても怪しいとしか思えない男性であった。

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