嫌われ貴族コンビ・出陣!

 赤い閃光を放ち、全身に黒の鎧を纏うユーゴ。

 その間に先んじて蟹怪人へと攻撃を仕掛けたマルコスであったが、鋭い鋏での突きを一切通さない相手の甲殻の硬さに思わず呻いてしまう。


「ぐうっ……!?」


「くくっ、今、何かしたか?」


 お返しとばかりに鋏を振るった蟹怪人の一撃を装甲でガードするも、後方へ弾き飛ばされてしまうマルコス。

 彼に代わって怪人に飛び掛かったユーゴは、魔力を込めた拳をその顔面へと叩き込んだ。


「うおっしゃあっ!」


「ぶふっ!?」


 比較的脆い部分に入る顔面をぶん殴られた蟹怪人が呻きながら数歩よろめくも、そこまで大きなダメージにはなっていないようだ。

 ならばと肘、膝を中心とした俺流拳法での戦いにシフトするユーゴであったが、蟹怪人の全身に生えた棘がその邪魔をする。


「いっで~っ!! このトゲトゲ、邪魔なんだよ!!」


「くひひっ!! 馬鹿だな! 殴った方がダメージを受けるというのに、接近戦を挑むとはむぼ、おぐぅっ!?」


 グサリと腕や足に刺さる棘の痛みに悶えるユーゴを嘲笑う蟹怪人であったが、油断したその隙に腹部に拳を叩き込まれた彼が体をくの字に折り曲げて苦悶の呻きを漏らす。

 甲殻の硬さと棘によって拳を痛めながらも、ユーゴは相手に向かって低い声で言った。


「痛えのは間違いねえけどよ、誰も殴れねえとは言ってねえんだよ。俺の拳の一つや二つで良けりゃあくれてやるぜ? 子供たちの命と比べたら、安いもんだろ」


「この、ガキがっ……!!」


 予想外のダメージを受けた蟹怪人が口から泡を吹きながらユーゴに対する怨嗟の呻きを漏らす。

 体勢を立て直して襲い掛かってきた彼を装甲で弾き飛ばしたマルコスは、油断なく構えながらユーゴへと声をかけた。


「随分と無茶をする。だが、お陰でいいダメージが入ったようだな」


「まだまだダウンには程遠いみたいだけどな。でも、弱点はわかった」

 

「……、か」


 マルコスの言葉に頷くユーゴ。

 全身の中で最も甲殻による防御が薄く、更に致命打となり得る可能性がある場所はそこしかない。


 だが、相手もそれはわかっているだろう。何がなんでも顔面は守ろうと考えるはずだ。

 その防御をどう抜くか? 勝利の鍵はそこにあった。


「お得意の謎の技でどうにかできないか? あの守りを抜く方法があるんじゃあないのか?」


「あるにはある、けどよ……この技、今の俺だと一人じゃできねえんだよなあ……」


 蟹怪人の守りを打ち破り、急所に強烈な一撃を叩き込む技にあてはある。

 しかし、そのための緻密な魔力操作が今の自分にはできないが故に一人ではできないと呟いたユーゴへと、マルコスは少しだけ苦い顔をしながら言う。


「……一人ではできずとも、二人でならできるんだな?」


「え? ああ、まあな……」


「……教えろ。私は何をすればいい?」


 襲い来る蟹怪人の攻撃を捌き、押し退け、時に拳を叩き込んでダメージを与え……そうしながら、会話を交わす二人。


 この男の魔鎧獣としてのスペック、特に堅牢な殻が誇る防御力は驚異的ではあるが、動きに関しては全くのド素人だ。

 つまり、有効打さえ叩き込めれば問題なく倒せる相手であると、そのためには何が必要なのかと尋ねるマルコスは、ギガシザースを活かしたタックルで相手を弾き飛ばしてから続ける。


「悔しいが、今の私には奴に致命打を与えることはできそうにない。決着はお前に託す。だから、どうすれば奴を叩きのめせるのか、それを教えろ!」


「マルコス、お前……!」


「……貴族として、無辜の民を守るのは当然のこと。それが憎き宿敵だとしても、そのためならば協力するしかあるまい」


 吐き捨てるようにそう言いながらも、嫌悪感を感じさせない声と表情を浮かべるマルコスが蟹怪人を睨み付け、腕を構える。

 横目でユーゴをちらりと見た彼は、ブラスタの拳や脚に刻まれた棘の跡を目にすると、苛立ちを覚えながら叫ぶようにして言った。


「早く言え! これ以上、貴様に格好つけられても腹が立つだけだ! さっさとあの魔鎧獣を倒して、終わりにするぞ!」


「……そうだな! そんじゃ、嫌われ貴族タッグの協力必殺技といこうか!」


「ごちゃごちゃと、うるさいんだよっ! お前ら、俺の邪魔をする……うおおっ!?」


 全身の棘を突き刺すようなタックルを繰り出しながら二人へと襲い掛かる蟹怪人であったが、体勢を低くしたマルコスが上手いこと相手の体をギガシザースの装甲部分に乗せて受け流したことで、怪人はその勢いのまま大きく跳ね飛ばされてしまった。


 よろめき、立ち上がった彼が目にしたのは、その隙を見逃さずに強力な必殺技を繰り出してきたユーゴの姿。

 魔力が籠った左脚をこちらへと突き出しながら跳び蹴りを繰り出すその姿を目の当たりにした蟹怪人は、大慌てで顔面の前で両腕をクロスして防御の構えを取る。


「ブラスタ・きりもみキィィック!!」


「ぬっ、おっ、おおっ!?」


 空中で回転運動を加え、まるでドリルのような動きで威力を倍増させた跳び蹴りを両腕の中心で受けた蟹怪人は、その重さと鋭さに苦し気な呻きを漏らした。

 しかし、この防御を突破されては唯一にして最大の弱点である顔面に魔力が込められた一発を受けてしまうと奮起し、そこを守るために力を振り絞っていく。


「ぬっ、おおおおおおっ!!」


 思いきり両腕に力を籠め、ユーゴの体を弾き飛ばす。

 腕の甲殻はひび割れ、砕けてしまったが、致命傷を負うよりは何倍もマシだ。


 今の一発を防げたことで戦いの流れを持ってくることができた。あとは、この勢いを活かして勝負を決めるだけ。

 ……だと、彼は思っていたのだが――?


「マルコス、頼むっ!!」


「くそっ! こんな役目かっ!!」


「なっ!?」


 弾き飛ばされたユーゴは、まだ空中にいた。

 綺麗にバランスを保ったまま滞空している彼の姿を目にした蟹怪人が、ユーゴが自分に弾き飛ばされたのではなく、自分が反抗する動きを利用して飛び上がったことを理解したその瞬間、彼は背後に飛び上がったマルコスが突き出したギガシザースの装甲を蹴り、再びこちらへと跳んで来たではないか。


「改めて、技名を叫ばせてもらうぜっ!!」


「あっ!? わあっ! うああっ!?」


 防御のために腕を上げようとした蟹怪人は、そこの装甲がもう役に立たないことを思い出して情けない悲鳴を上げた。

 そもそも腕に力が入らず、防御もままならない状況でどうすればいいのかわからずに硬直するその顔面へと、今度は右足を突き出したユーゴの一撃が叩き込まれる。


「ブラスタ・きりもみ反転キィィックッ!!」


「がぶああああっ!?」


 バキャッ、という何かが砕ける音がした。

 顔面を覆う甲殻が砕け、その下から飛び出してきた男の顔面が苦悶の表情を浮かべる中、その勢いのまま後頭部が地面へと叩きつけられる。


 ずざざーっ、と地面を滑っていく間に全身の甲殻を粉々に砕いて消滅させていった彼は、そのまま立ち上がることなく白目を剥いて……怪人だった時と同じく、泡を吹いて気を失ってしまった。


「ユーゴ・クレイめ……! この私を、踏み台として扱うとは……っ!!」


 空中で反転し、再び相手に跳び蹴りを繰り出すための動きができないから、そのための壁になってくれというユーゴの頼みを思い出しながら、屈辱に呻くマルコス。

 これで必殺技を失敗させていたらその首を鋏で切り落としてやろうと思っていたところだったが、自分の尽力の甲斐あって、無事に不審者兼魔鎧獣を倒すことができたようだ。


 悔しいが、この部分に関しては奴の功績として認めなければならないだろう……と、考えていたところで、施設の中からフィーとメルトが飛び出してきた。

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