支配されないヒロイン
――一瞬、ゼノンはメルトが何を言ったのか理解できなかった。
主人公補正を活かして完璧な流れを作って、メルトにユーゴの悪辣さを教え込んで、「目を覚まさせてくれてありがとう」と感謝されながらユーゴから彼女を奪い返すはずだった。
しかし……目の前のメルトは、自分が思い描いているような明るい笑みを浮かべてはいなかった。
むしろその逆、完全にゼノンに対してドン引きしているような、それに怒りを加えたような、嫌悪感を隠しきれていない表情を浮かべている。
「あの事件が全てユーゴの仕込み? 私が騙されてる? ……馬鹿言わないで。あの時、あの場所にいなかったあなたがどうしてそんなことを言えるの? あなたの話は前提の時点でおかしいし、何よりあの事件に巻き込まれた全ての人たちに対して失礼過ぎるよ」
「あっ……!?」
掴んでいた手をメルトに振り払われたゼノンが唖然とした呟きをもらす。
何かがおかしい。こんなはずじゃない。そんな言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る中、少し声を荒げたメルトが彼の意見を否定していった。
「私はあの日、色んなものを感じた。魔鎧獣からの殺意、戦いの恐怖、信じられる仲間のありがたみ、そして……助けられた人たちの感謝と安堵の気持ち。ミナちゃんのあの笑顔が嘘なわけない。再会できたことを喜んでたあの親子の涙が偽物なわけない。何も見てない、知らないくせに、勝手なことを言わないでよ!」
「あ、え……? なん、で……?」
おかしい、こんなはずじゃない、メルトは自分のものになるはずなんだ。
彼女は自分に感謝してくれて、ユーゴから離れてくれるはずなんだ。
「みんなも言ってることが無茶苦茶だよ! ユーゴのことを親に見放された、勘当されたって馬鹿にしたかと思ったら、元名家のコネを使って卑怯なことをする人間だって口をそろえて言ったりしてさ! 本当はみんなだっておかしいってわかってるんでしょ? 私を助けたいっていうのも嘘なんでしょ? ユーゴが嫌いで攻撃したいから、都合のいい理由を探してるだけなんだって、すぐにわかるよ! その癖、一人じゃ何も言えないなんて……格好悪いよ」
メルトがユーゴを擁護するはずがない。彼女が自分を支持する生徒たちを糾弾するはずがない。
これは何かの間違いで、おかしなことになっているんだと……そう思いながらも愕然とするゼノンへと、怒りを露わにしたメルトが強い口調で言い放つ。
「みんなから英雄だって言われてるからどんなすごい人なんだろうと思ってたけど……あなた、ユーゴとは逆の意味でうわさとはかけ離れてる人だよ。最低……!」
「あ、あぅ……」
最低……メルトが自分へと言い放ったその言葉は、ゼノンに頭をハンマーで殴られたかのような強い衝撃を与えた。
あり得ない。こんなことあっていいはずがない。主人公である自分が、ヒロインであるメルトに拒絶されるなんて……と、ゲームの世界で最強の力を持つ、ご都合主義の力が発動しないことに戸惑うゼノンは、わなわなと全身を震わせながらユーゴへと言う。
「ユーゴ・クレイ……! 俺と、俺と戦え……! 決闘だ! 俺が勝ったら、メルトは自由の身に……!」
クレアを自分のものにした時と同じだ。欲しいものは決闘で奪い取ればいい。
一度勝った相手、しかも対戦相手の情報は全て頭の中に入っている。戦えばまず負けることなんてあり得ない。
勝てばいい。主人公としての補正を発動して、悪役を討伐すればいい。そうすれば全て思い通りになる。上手くいく。
そう考えていたゼノンであったが、その思惑は予想だにしていなかった形で粉砕されることとなる。
「……ユーゴ、こっち向いて」
「え? いやでもメルト……」
「いいから、早く!」
「はっ、はいっ!」
戦いを申し込んできたゼノンと睨み合っていたユーゴへと声をかけたメルトが、有無を言わさぬ口調で彼へと命令する。
その剣幕に負けて顔を彼女の方へと向けたユーゴが目にしたのは、少し背伸びして顔を近付けてくるメルトの姿だった。
「んっ……! んっ、ん……っ!」
「!?!?!?」
ふにゅりと、温かい何かが唇に触れる。
悩ましく官能的な響きを持つ甘い呻きが頭の中で響き、目の前にある瞳を閉じたメルトの顔を見たユーゴは軽いパニック状態になってその場で硬直してしまっていた。
「あ、あ、あ……!?」
嘘だ、そう叫び出したかった。今、自分が見ている光景は悪夢だと思いたかった。
そんなことを思いながらもあまりのショックで声が出せずにいるゼノンは、推しキャラの一人であるメルトがユーゴとキスをする姿を間近で見せつけられ、へなへなとその場に崩れ落ちてしまう。
そんな彼を無視してたっぷり数十秒はユーゴとのキスを続けたメルトは、顔を赤くしながらもゼノンへとこう言い放ってみせた。
「私を解放するために決闘しろとか、もう言わないで。私は私の意思でユーゴと一緒にいるの。そんなことされたって、ただ迷惑なだけだよ。他のみんなもわかった? もう二度と、私をダシにしてユーゴにちょっかいをかけないで」
シーンと、場がお通夜のように静まり返る。
予想していなかった展開に誰もが言葉を失う中、言いたいことは言ったとばかりの態度を見せたメルトがユーゴの手を引いてこの場を立ち去っていった。
「行くよ、ユーゴ。フィーくんも一緒に行こう」
「あっ、は、はいっ!」
「あへ? へ? あれぇ……?」
兄と同級生とのキスシーンを目の当たりにして顔を真っ赤にしているフィーと、完全にパニック状態になっているユーゴを引き連れて決闘場を去っていくメルト。
彼女にフラれ、舞台の上にただ一人残されたゼノンは、ただただ愕然としながらその場にへたり込み、力なく項垂れる情けない姿を曝し続けるのであった。
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