ヒーローの条件を、弟に
「あの、ごめんね、ユーゴ。急にあんなことしちゃって……」
「い、いや、むしろ俺の方が謝るべきところだろ。人前であんな真似させちまって、本当にすまねえ……」
「なんでユーゴが謝ってるの。完全に被害者なんだから、頭を下げる必要なんてないよ」
「だ、だけど、女の子にその、ききき、キスを……うぐおぁああっ!?」
「兄さんっ!? ちょっ、落ち着いて!!」
決闘の場を離れた後でユーゴの住処こと中庭の片隅までやって来た三人は、そこでなんとも言葉にし難い空気の中で話をしていた。
話を聞かないゼノンや彼を応援する生徒たちを黙らせるためとはいえ、大胆にも人前で自分にキスをするだなんて……と、先の出来事と未だに唇に残っている温かさと柔らかさを感じるユーゴは、異世界に転生した時よりも激しい動揺と戸惑いにじっとしていられずにじたばたと地面でもがいている。
自分以上に初心さ丸出しの反応を見せているユーゴのお陰か、メルトも顔を赤らめてはいるが彼よりかは落ち着いているようで、フィー共に悶えるユーゴを窘めていった。
「あれは私が自分からしたことだし、本当にユーゴが罪悪感を覚える必要はないっていうか……あの、やっぱり私なんかにキスされるの、嫌だった?」
「そんなわけねえじゃん! でも、ああいうことってノリとか勢いじゃあなくって、やっぱそういう関係になった男女がお付き合いの段階を踏まえた上でやるべき行為であって、そういうことを女子であるメルトにやらせちまったことが申し訳ないっていうか、自分の嫌われっぷりのせいで起きた騒動を鎮められなかったのが情けないっていうか……」
「……なら、いいよ。私も嫌じゃなかったし、何度も言うけど私からしたことだしね。とりあえず、この話はここまで! 色々思うところはあるだろうけど、今はそういうことにしよう! はい、けって~い!」
こういう時、メルトの底抜けの明るさは頼りになる。
色々と悩んでしまう自分のことを励まし、背中を押してくれる彼女に感謝しながら、そんなメルトとキスしちゃったんだよなと悶えながら、全く落ち着かない様子の兄を見ていられなくなったのか、弟であるフィーが二人へと助け船を出した。
「それにしてもさ、やっぱり兄さんはすごいや! これで二連勝だよ、二連勝! 一時はどうなるかと思ったけど、蓋を開けてみれば圧倒的な勝負内容だったし……兄さんがあんな数を頼みにするしかない連中なんかに負けるわけがない! 兄さんは一人でも何でも負けたりなんか――」
「……そいつは違うぞ、フィー。俺は、一人で戦ってるわけじゃあないさ」
「え……?」
悶える兄を気遣って、決闘での勝利とラッシュの数を頼みにした戦法を打ち破ったことを褒め称えるフィーであったが、その言葉は他の誰でもないユーゴに否定された。
驚きに言葉を失う弟に対して、兄であるユーゴが制服についた泥を叩いてから真っ直ぐに彼を見つめ、言う。
「よく聞け、フィー。俺は確かにアウェイでの戦いに勝ったし、相手の数を利用した戦法を打ち破った。だけどな、俺だって一人で戦ってたわけじゃない。俺のことを信じてくれたお前とメルトがいたし、そもそも俺に戦う力をくれたのはお前だろ? 魔鎧獣との戦いの時だってそう。お前は俺が魔鎧獣をやっつけたって褒めてくれたけどな、メルトが一緒に戦ってくれたからこそ、みんなを守り切ることができたんだ。いつだって俺は一人で戦ってなんかない。誰かと協力して、一緒に戦ってるんだ」
「誰かと、一緒に……?」
「ああ、そうさ。お前も俺と一緒に戦ってくれてる。俺を信じてくれるお前の気持ちと一緒にな。ヒーローの条件・その五……仲間と手を取り合い、共に戦える存在であれ。覚えとけよフィー、ここはテストに出るからな」
わしわしと弟の頭を撫でながら、快活な笑顔を浮かべてヒーローとしての心構えを教えるユーゴ。
そんな兄の言葉にポカンとしたフィーは、小さく微笑むと彼へと言う。
「僕、まだ一から四までを教わってないと思うんだけど? そこはなんなのさ?」
「そこはまあ、おいおいな。お前がヒーローってものを理解していくごとに教えてやるよ」
「え~っ! いいじゃないか、教えてよ~! 兄さんの意地悪~っ!」
きゃっきゃっとはしゃいで戯れる兄弟は、実に仲睦まじい様子を見せている。
そんな二人のことを見守るメルトもまた笑みを浮かべながら、じゃれつく彼らへと声をかけた。
「い~な~っ! 私も気になっちゃうな、ヒーローの条件! 教えてよユーゴ~っ! またキスしてあげるからさ!」
「おまっ!? 女の子がそんな気安くキスとかしちゃいけません! 清く正しく美しくって、プリンセスなヒロインも言ってたでしょ!?」
「それはヒーローの条件なの? その辺のことも教えてよ~!」
「僕にも教えて! 兄さんにキスもしてあげるから!」
「だ~っ! お前ら、調子に乗るな! そろそろ俺も怒るぞっ!?」
体を寄せて両脇から問い詰めてくる弟と友人の態度に大声を出したユーゴが恥ずかしさをごまかすように両腕を広げる。
二人を優しく跳ね飛ばし、鬼のような形相を浮かべながら、大笑いするフィーとメルトを追いかけ回すユーゴ。
日が沈み始めた中庭の片隅から響き続ける笑い声は暫く止まることがなく、今日という一日の終わりを明るく彩り続けるのであった。
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