支配しようとする主人公
「そう言われてもなあ……悪いけど俺、記憶喪失なんだよ。お前のことも覚えてなくってさ、すまん」
「だから! その記憶喪失になる切っ掛けになった決闘の相手が俺なんだって! その時の相手くらい覚えておけよ!」
「そんなの無理に決まってんだろ。無茶言うなって」
記憶喪失だと言っているのに自分のことを覚えていろというゼノンの言葉を呆れた様子で斬って捨てるユーゴ。
そんな彼の態度に更に腹を立てて何かを言おうとするゼノンであったが、その前にメルトが口を開く。
「ねえ、ゼノンくん? ユーゴがこの決闘で不正をしたってどういうこと? 私にはそんな雰囲気なんて全然感じられなかったけど……」
「あ、ああ……んんっ、取り乱した姿を見せてごめんよ、メルトちゃん。でも、考えてほしい。こんな結果は明らかにおかしいじゃあないか!」
メルトに声をかけられた途端、ユーゴに対する激高した姿を引っ込めた柔和な雰囲気を見せ始めたゼノンが彼女とこの場に集まる生徒たちへと呼び掛けるように叫ぶ。
何かその言動に違和感のようなものを覚えたユーゴが顔をしかめる中、ゼノンは芝居がかった口調で自分の意見を語り始めた。
「思い出してくれ! 俺はユーゴと戦い、勝利した! それも完膚なきまでこいつを叩きのめしての完全勝利だ! あの戦いの時のユーゴの姿を思い返せばすぐに違和感に気付く! こいつは僅かな期間で強くなり過ぎてるじゃないか!」
「た、確かに……!」
「ゼノン様の言う通りだわ! あんな醜態を晒したユーゴがラッシュを一方的に叩きのめせるだなんて、おかしいじゃない!」
ゼノンの叫びを聞いた生徒たちが再びざわめき始める。
この短期間で彼との決闘の時よりも腕を上げたように見えるユーゴの強さを疑問視し始めた彼らは、一斉にユーゴへと疑惑の眼差しを向けていった。
「ガランディルを失い、旧型の魔道具を使って戦うようになったお前が、こんなに強くなれるはずがない! 何か不正を働いたに決まってる!」
「そうだそうだ! ゼノンの言う通りだ!」
「神聖な決闘を汚すだなんて、やっぱり最低のクズね!」
熱狂と罵声が、生徒たちの間に満ちていく。
一度消え去ったユーゴへの憎しみをゼノンの言葉によって再燃させた彼らは、ラッシュの時よりも激しい罵声を彼へと浴びせ掛け続ける。
再びアウェイな空気の中に放り込まれてしまったユーゴが顔をしかめる中、ゼノンは彼を責め立てるように強い言葉をぶつけ始めた。
「さあ、言え! どんな不正を働いたんだ!? 決闘前に強化魔法をかけてもらったのか!? それとも、この魔道具に何か秘密があるのか!?」
「俺は不正なんてしてねえよ。普通に戦って勝った、それだけだ」
「嘘を吐くな! だったら、お前のこの強さはどう説明する!? 俺に無様に敗北したお前が、こんなに強いはずがない!」
「待ってよ! ユーゴの強さを疑問視する理由はわかったけど、それは勘違いだって! 私はユーゴと一緒に魔鎧獣と戦ったことがあるけど、その時はもっと強かったもん!」
「メルトちゃん、君は騙されているんだ! その戦いも、君を騙すためにこのクズが仕組んだものだったんだよ!」
「えっ……!?」
突拍子もないその発言に驚きの表情を浮かべるメルト。
そんな彼女へと言い聞かせるように、それが真実であるかのように、ゼノンは自分の考えという名の都合のいい妄想を語っていく。
「ユーゴは腐っても元名家の嫡男、影響力はそれなりにあるはずだ。メルトちゃんと警備任務に行くことになったこいつは、そこで芝居を打つことにした。魔鎧獣をやっつける強くて有能な自分の姿を君に見せるためにね。全てはこいつが貴族のコネを使って仕組んだことだったんだよ、メルトちゃん!」
「そうか、そうだったんだな! そう考えれば全ての辻褄が合う!」
「あのユーゴが人助けなんてするはずがないもの、全部自分で仕組んだことに決まってるわ!」
まるで催眠術だなと、ユーゴは思った。
ゼノンが言ったことは全て肯定され、真実として認められる。異常な状況ではあるが、生徒たちの自分へのヘイトを考えればそれも変な話ではないのだろう。
彼らはいつだって嫌われ者であるユーゴ・クレイを攻撃する理由を探している。それが真実でなくとも、疑惑程度のものであっても、彼を叩けるのならばなんでもいい。
ゼノンはそんな自分たちの欲を満たしてくれる存在であり、しかも大嫌いなユーゴに勝利したことのある英雄だ。
だからこそ、生徒たちは彼の言葉に乗っかってユーゴを攻撃してくるのだろう。
それが真実かどうか、考えることすらしないまま……。
「そんな……! ユーゴが、そんなこと……!!」
「ショックなのはわかる。でもねメルトちゃん、こいつはそういう奴なんだよ。自分の目的を果たすためだったらなんでもする、それがユーゴ・クレイっていうクズの本性なんだ!」
そして今、ゼノンはその催眠術をメルトにもかけようとしていた。
如何にユーゴが信用ならないクズであるかを語り、自分が言っていることこそ真実であると尤もらしく語り、彼女をユーゴから引き離そうと画策するゼノンは、そっとメルトの手を取ると真っ直ぐに彼女を見つめながらトドメの文句を口にする。
「戻ってくるんだ、メルトちゃん。君はこんな奴の傍にいちゃいけない。どんな奴の手からも僕が君を守るよ、だから……僕の傍においで」
それがいい、それがいいとどこかで男子生徒が言った。
ゼノン様なら安心ねと、どこかの女子生徒たちが黄色い声で話をしていた。
この場の雰囲気と話の流れを味方につけて、更に誰もが魅力を覚え、信じたくなるようなカリスマ性を発揮する主人公特権の笑みを浮かべながら、ゼノンはメルトへと力強く頷いてみせる。
そんな彼の笑顔を見て、周囲の生徒たちの促しの声を聞いて、そちらの方へと視線を向けた後……改めてゼノンへと顔を向けたメルトは彼に対して明るい満面の笑みを浮かべ、彼の
「……あなた、自分が何を言ってるのかわかってるの? 今のあなた、すごく気持ち悪いよ」
「……え?」
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