邂逅、悪役と主人公

 白目を剥いたラッシュが大の字になって地面に倒れ伏す。

 完全に意識を失った彼の姿を背に、高く左拳を突き上げるユーゴの姿を目にした生徒たちは、まさかの事態に完全に言葉を失っていた。


 軽く肩を捻り、首を回した後、セコンド席とでもいうべき場所に座っているラッシュの取り巻きたちへと視線を向けたユーゴは、普通の雰囲気で彼らへと問いかけた。


「んで、どうする? 誰か俺と勝負したい奴、いるか?」


 それは別に挑発するつもりも、彼らを嘲るつもりもない、純粋な質問のつもりだった。

 もしかしたらラッシュの敵討ちをしたいという者もいるかもしれないし、そうなったらまたどこかで絡まれる可能性もあるのだから、余裕がある内にまとめて戦っておいてしまいたい。

 そんな考えから次の挑戦者がいないかと問いかけたユーゴであったが、ラッシュの取り巻きたちは彼の想像とはかけ離れた反応を見せる。


「えっ!? いや、あの……」


「え、ええっと……」


 びくっ、と体を震わせた彼ら彼女らは、互いに顔を見合わせた後でまごまごとした態度を見せながら顔を伏せてしまう。

 ほんの少し前まではこちらを煽り、馬鹿にしていたというのに、その時の姿が嘘としか思えないような弱腰な態度を見せる取り巻きたちの反応に困ったような表情を浮かべたユーゴは、ブラスタを解除すると共に彼らへと念押しをした。


「もう俺に挑む奴はいないんだな? 約束通り、これから俺たちに妙な因縁をつけたりしないってことで大丈夫だな?」


「………」


 誰も、何も答えなかった。取り巻きたちは「はい」も「いいえ」どころか一切の声を発することすらせず、ただ俯いたまま無言を貫くだけだ。

 なんだかなあ、と思ってしまう。これでは自分が悪いことをしたみたいじゃないかと、普通に戦って勝っただけなのにちょっとだけ罪悪感を覚えたユーゴは、それを掻き消すようにしながらダウンしているラッシュを指差し、取り巻きたちへと言った。


「なあ、誰かそいつを手当てしてやれよ。いつまでもそこに放置してるなんて可哀想だろ」


 気に食わない相手とはいえ、同じ学校の生徒。拳を交わした相手でもあるラッシュが大の字になって伸びている姿を大勢の観衆の前に晒し続けることをユーゴは望まなかったし、彼の手当てをしてあげてほしいと思っていた。

 そういった気持ちから取り巻きたちへと声をかけたユーゴであったが、自分の言葉に対してまたもびくびくとした態度を見せている彼らが怯えながらラッシュを助けに行く様を見て、少しだけ憐憫の情を抱く。


(試合開始前まであんなに応援してたのに、負けた瞬間からこんな感じかよ。報われねえな……)


 あれだけユーゴを倒せと、お前に期待していると声援を送っていた生徒たちの中に、ラッシュを心配している者がどれだけいるだろうか?

 彼と一緒になって自分を責めてきた取り巻きたちでさえあんなによそよそしい態度を取るだなんて、随分と薄情な連中の集まりだなと思いながらため息を吐いたユーゴの下に、フィーとメルトが駆け寄ってくる。


「兄さんっ! やっぱり兄さんは強いや!」


「本当に良かったよ~っ! それにしても何? あの技!? シュパーンッ! って動いて膝でガーンッ! ってやって、最後はドカンドカーンッ! って感じで、とにかく本当にすごかったよ!」


「ありがとうな。二人が応援してくれたお陰だよ。ちょっとやり過ぎたみたいで、後味が悪いけどな」


 最初から最後まで変わらずに自分を応援してくれた二人へと感謝を告げつつ、笑みを浮かべるユーゴ。

 すっきりとはしない終わり方だったものの、これでこの問題も解決したと考える彼であったが、その背に強い言葉が突き刺さる。


「待てっ! ユーゴ・クレイ!」


「ん……?」


 自分を呼ぶ声に振り向いたユーゴが見たのは、こちらへと歩み寄ってくる一人の青年の姿だった。

 灰色の髪と金色の瞳が特徴的なその青年は、明らかに怒りと憎しみを込めた表情を浮かべながらユーゴの前に立つと、彼に向かって大声で叫ぶ。


「卑怯者め! お前、不正を働いたな!? そんな悪事に手を染めてまで勝利をもぎ取るだなんて、やはりお前はとんでもないクズだ!」


 この場に集まっている生徒たち全員に聞こえるような大声でユーゴを糾弾した青年は、顔を真っ赤にしながら荒く鼻息を吹いている。

 ラッシュの同類が喧嘩を吹っかけてきたのかと、それにしても随分と派手なマイクパフォーマンスだなと考えながら顔をしかめたユーゴであったが、その態度が青年の癪に障ったようだ。


「お前がこんなに強いわけがあるもんか。クズユーゴが、こんな活躍をするはずがないんだ……!」


「……あのさ、俺を怒鳴るのはいいんだけど、まず名前を教えてくれねえか? そうしないと会話もできそうにないしさ」


「お前っ……! 俺を忘れたっていうのか!? お前を決闘で倒し、屈辱を味わわせたこの俺のことをっ!!」


 話せば話すほどに目の前の青年は激高していくような気がする。

 そんなことを考えながら、彼のボルテージの高まりと反比例して逆に気持ちを落ち着かせるユーゴへと、怒り心頭な青年はこれまた大声で自分の名を叫んだ。


「俺の名前はゼノン! ゼノン・アッシュだ! 忘れたとは言わせないぞ、クズユーゴめっ!」

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