ノック・アウト!
「はぁ……? なんだ、それは……鎧を着た方が身軽だと? わけがわからないことを言うな! 鎧とは、着たら動きが鈍くなるものだろうが! 着て身軽になる鎧が存在していたら、それこそ全身鎧型の魔道具が廃れるはずないだろう!」
ラッシュの言っていることは正しい。本来鎧とは、自分の身を守る防御力を得ることと引き換えに、機敏さを損なう装備だ。
しかし、彼とユーゴとの間には決定的な認識の違いがある。そして、その違いと転生者であるユーゴが持つ力こそが、彼に理外の強さを与えている原因だった。
ユーゴが持つ最大の能力……それは、イメージする力。
彼が愛してやまない日曜日朝に放送されている番組でも時折取り上げられる、心の強さや精神力を元としたその力は、彼をこの世界で有数の強者へと変貌させていた。
元々、ユーゴは名門クレイ家の嫡男として生まれ育った男。名家の出だけに、才能自体はかなりのものを有している。
これまで彼はその才能を自身の研鑽を怠っていたために伸ばすことができなかった。本当に才能が優れていたことと、宝剣ガランディルの力でこれまでどうにかなっていたのが堕落の原因だ。
そのせいで彼はゲームの中でも、そしてこの世界でも主人公と呼ばれる存在に倒されるわけだが……ここで彼の中に呉井雄悟という別人の魂が入ったことでその運命は劇的な変化を迎える。
雄悟の善なる魂は、これまでユーゴの中で眠っていた精神力を起因とした魔力を呼び起こした。
逆に、ユーゴの肉体とその身に宿った才能は、異世界に転生するまで平凡な特撮マニアとして生きてきた雄悟にこれまでとは規格外の身体能力とイメージを現実にする力をもたらした。
その二つが組み合わさった結果、子供のころから夢中になって見続けてきたヒーローの戦いを限りなく忠実に再現できる、イメージの強さがそのまま戦闘力に直結したクレイ・ユーゴという男の誕生に繋がったのである。
ユーゴは【ブラスタ】を鎧だとは思っていない。変身アイテムを起動することで身に纏うことができる、強化スーツの類だと思っている。
ヒーローたちが戦いに望む際に身に纏う戦闘服とでもいうそれをイメージしたユーゴは、思い込みの力とでもいうべきそれによって鎧の重さをほとんど感じることなく立ち回ることができるようになっていた。
変身したヒーローたちは人間以上のスペックを手に入れる。自分も彼らと同じように変身したのだから、同じように強くなれるはずだ。
考えてそうしているのではなく、無意識に擦り込まれた思考によって本能的にその子供のような考えを頭だけでなく心でも信じ切っているからこそ、ユーゴはブラスタを纏って変身することで驚異的な身体能力を発揮できているのである。
ただ、そんな理屈をラッシュたちが理解できるはずがない。驚異的な力を発揮しているユーゴ自身ですら理解するどころか気付いてもいないのだから、当然の話だ。
故に……彼らの目には、ユーゴが理解不能の存在として映っている。
何もかもを失い、強さを支えていたはずの宝剣を失ったのにも関わらず、自分を圧倒する強さを発揮しているユーゴは、彼らにとって化物以外の何者でもなかった。
「さ~て、これで一対一だな。タイマンで決着つけようぜ、ラッシュ!」
「このっ……! 勘当されたクズごときが、調子に乗るなああっ!!」
決闘を見守る生徒たちの歓声は、既に止まっていた。
ラッシュがユーゴを圧倒していたはずが、いつの間にか完全に立場が逆転している戦いの流れを目にする彼らの表情は、笑顔から戸惑いへと変化している。
そして、余裕を完全に失ったラッシュもまた、笑みを浮かべたユーゴが発した言葉に激昂し、勢いのままに動き出してしまった。
剣を振り上げ、目を血走らせながら、唸りを上げて突進する彼の叫びが決闘場に響く。
「叩き斬るっ! お前は、俺の手で絶対に斬り殺すっ!!」
「おいおい、いいのか? そんな無防備に突っ込んでこられたら、やりたい放題できちまうぜ?」
腰を落とし、待ちの構えを取りながら、左手に魔力を凝縮させる。
強く握った拳を腰だめに構え、こちらへと突進してくるラッシュとの間合いを計ったユーゴは、振り下ろされた剣を掻い潜りながら必殺の一撃を彼の顔面へと叩き込んだ。
「俺流必殺技!
「ぐぼああっ!? がっ、はっ……!?」
カウンター気味に叩き込まれた一撃が、ラッシュの体をよろめかせた。
まだ終われないと、戦えると、必死に意識を繋ぎ止めようとする彼の目に、体勢を低くしたまま更に一歩踏み込んできたユーゴの魔力を纏って紅に燃える左拳が映る。
「もう一発! 俺流必殺技!
「がっはあああっ!!」
完璧なアッパーカットがラッシュの顎を捉えた。
魔力による防御力の強化も、バリア代わりとなる障壁も、すべてぶち破って炸裂した必殺の連撃を受けた彼の体が宙を舞い、大勢の生徒たちが唖然とした表情で見守る中、地面へと叩きつけられる。
「おあっ、がっ、ば、ばば、ばか、な……! このクズが、こんなに強いわけ、がっ……!?」
「そいつはどうも。褒めてもらえて嬉しいよ」
よろめき、立ち上がり、虚ろな目をしながら最後まで罵声を浴びせてくるラッシュへと背を向けながら、左拳を開くユーゴ。
ラッシュに背を向けた彼は、崩れ落ちる相手の姿を見ないまま、勝利を告げる決め台詞を呟く。
「……ノック・アウト」
「うっ、がっ……ぐはぁ……っ!!」
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