悲しいけど、俺って嫌われ者なのよね

「頑張れよ、ラッシュ!」


「クズ野郎のユーゴなんてぶっ飛ばしちまえ!」


「ありがとう! ありがとう! 約束する! 俺はみんなの声援を力に、ユーゴに勝つ! そして、奴の手からメルトを解放してみせる! 必ずだ!」


 決闘場を埋め尽くす生徒たちに対して力強く宣言したラッシュへと、彼を応援する人々の歓声が寄せられる。

 異様な盛り上がりを見せる彼らとは対照的に静かな雰囲気を見せているユーゴ側の席では、沈鬱な表情を浮かべたメルトが兄弟へと頭を下げていた。


「ユーゴ、フィーくん、本当にごめん。私のせいで、こんなことになっちゃって……」


「気にすんな、メルトは別に悪くないって。元々俺が恨まれてたってのと、話を聞かないあいつらが元凶だからよ」


 少し前にマルコスと戦った時のことを思い返しながら、今回はフィーじゃなくてメルトが凹む役かと苦笑したユーゴは、彼女を励ましつつ、自分とラッシュの戦いを見物しに来た生徒たちの方を見やる。

 その数は前回の決闘の見物客よりも圧倒的に多い上に、その全員がラッシュを応援し、自分の敗北を望んでいるという有様だ。


 完全無欠のクズ野郎というわけではないが、ここまで完璧なアウェイが出来上がるだなんて……と、ここまでくると笑うしかないユーゴはこの惨事をどこか達観した目で見ている。

 不安そうにしているメルトとフィーの肩を叩いた彼は、これから戦いに行く張本人とは思えないくらいにリラックスした声で二人へと言った。


「大丈夫だって。確かに向こうの方がサポーターは多いかもしれないが……今回は俺のことを応援してくれる人間が二人に増えた! 前回の倍だぞ、倍! 信じてくれる人間が増えたってことは、俺は前よりも強くなれる! 元々最強な俺がもっと強くなったんだから、負けっこないって!」


「……そうだね。僕が信じてれば、兄さんは絶対に負けないもんね。うん、わかった。今回も僕、兄さんが勝つって信じてるから!」


「おう、その調子だ! やっぱフィーは最高の弟だ!」


 わしわしといつも通りに弟の頭を撫でたユーゴが優しい笑みを浮かべる。

 兄に対して信頼を込めた笑みと眼差しを向けるフィーの姿を見つめるメルトは、兄弟の間にある絆を感じて少しだけほっこりとした温もりを胸に抱く。


「……さて、そろそろだな。んじゃ、行ってくるわ」


「頑張って、兄さん!」


「応援してるからね! 信じてるよ、ユーゴ!」


 フィーとメルトからの声援を背に受けながら、戦いの場に向かうユーゴ。

 ラッシュと比べれば自分を応援する人の数は少ないだろうが……その声援は、彼の心に「自分は一人ではない」という思いを芽生えさせてくれていた。


 腕輪を装着した左腕を軽く振るい、左手を握ったり開いたりしながら軽い準備運動を済ませたユーゴは、長剣を手にしたラッシュと向かい合うと彼へと言う。


「いつでもいいぜ。そっちはどうだ?」


「問題ない。ユーゴ・クレイ……お前を憎む人々の想いを背に、俺はお前を倒す!」


 嫌な想いの受け方だな、ラッシュの啖呵を聞いて苦笑したユーゴが息を吐く。

 そんな想いと期待を背負うくらいなら、たった二人の純粋な声援を受け取った方が何倍もマシだと思う彼の耳に、審判役を引き受けた生徒の声が響いた。


「これより、ラッシュ・ウィンヘルムとクレイ家を追放されたユーゴの決闘を執り行う! 勝敗はどちらかが戦えなくなることで決する! 双方、それで構わないな!?」


「ああ」


「もちろんだ!」


 ユーゴのことを馬鹿にする紹介の文句に観客たちから笑い声が上がる。

 それを聞いてフィーとメルトがムッとする中、双方からの合意を受けた審判が大声で戦いの始まりを宣言した。


「では、双方清廉なる戦いを誓って……決闘、開始っ!!」


「ブラスタ、展開っ!」


「さあ、戦いだ! 行くぞ、【ウィンドルム】!!」


 決闘の開始と共に双方が魔道具の能力を解放する。

 黒い鎧を纏う最中、ラッシュが離れた距離から剣を振るう姿を目にしたユーゴが咄嗟に飛び退けば、彼が立っていた地点目掛けて鋭い風が飛んできた。

 間一髪でそれを躱し、体勢を立て直したユーゴは、冷静に今自分が見た光景から相手の魔道具の能力を推察していく。


(まあ、考えるまでもないけどな。風の刃、ってやつか……) 


 使い手の魔力を刃へと変換し、それを剣の振りと共に放つ能力……基本的にはメルトの魔道具と似たようなものだ。

 ただ、ラッシュの場合は彼女よりも一撃が強力な分、攻撃に剣を振るという動作が必要になる。

 それさえわかってしまえばあとは単純な話で、対策も容易に思い付いたユーゴは、早速それを実行に移していった。


「ふっ! はっ! ほっ!」


 特撮番組のヒーローの必殺技がそうであるように、炎や水を纏った斬撃というのは剣を振った軌道を描いて飛ぶものだ。

 横薙ぎに剣を振れば横一線の斬撃が、縦に振れば同じように縦の斬撃が、こちらに向かって飛んでくる。


 あとは剣とラッシュ自身の体の向きを確認して、飛ぶ斬撃の軌道を予測していけば回避はそう難しい話ではない。

 そういう技は最後のトドメとして繰り出すから有用なのだと、番組の中で余力が残っている相手に向けて似たような技を出し、回避されたり打ち破られたりしているヒーローの姿を何度も見てきたユーゴは、彼らの失敗から学んだ対処法でじりじりとラッシュとの距離を詰めていく。


(大技は必要ない。距離を詰めて、剣の間合いより内側に入っちまえばこっちのもんだ。あとはそこまで距離を詰められれば……!)


 時に跳躍し、時に横にステップを踏み、時間をかけながらも確実に距離を詰めていくユーゴ。

 あと僅かで相手が攻撃の間合いに入ることを感じ取り、勝利に近付いている実感と共にまた一歩前へと足を踏み出した彼であったが……その瞬間、鋭い風が体にぶち当たる衝撃に襲われてしまった。


「んなっ!?」


 背後ではなく方向へと吹き飛ばされながらも、ごろごろと地面を転がって衝撃を殺し、即座に受け身を取る。

 そうした後で立ち上がったユーゴは鎧の左側についた傷を確認すると、飛んでくるはずのない方向から攻撃を受けたという理解できない状況の答えを探るべく思考を深めようとしたのだが――


「ふははははっ! 面食らったようだな! この俺が、相手をそう簡単に近付けさせるとでも思っていたのか?」


「はぁ? なんだ、それ?」


 得意気に高笑いをしたラッシュの……いや、ラッシュの姿を見たユーゴが目を丸くしながら驚きの声を上げる。

 彼の視線の先には、全く同じ姿をしたラッシュが二人立っており、そのどちらもが剣を構え、嘲笑うようにしてこちらを見ていた。


「いったいいつ、俺が魔道具を一つしか持っていないと言った? 俺の魔道具はこのウィンドルムと【アヴァタ・リング】の二つ! お前のような時代遅れの魔道具一つしか使えない人間とは、格が違うんだよ!」


 そう言いながら、左手の指に嵌めた五つの指輪を見せつけるラッシュ。

 自身の分身と共にせせら笑いながらユーゴを見つめる彼は、自身の更なる力を見せつけるようにして魔力を解放してみせた。

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