二度目の決闘は偽善者と

「ちょっ、ちょっと待った! いきなりなんだよ? 急に喧嘩を売られても困るだけなんだが!?」


 有無を言わさぬ迫力の男子生徒に負けじと大声で叫び返し、事情の説明を求めるユーゴ。

 そんな彼の態度に更に怒りを燃え上がらせた男子は、舌打ちをしてからユーゴへと罵声と共に自身の怒りを叩きつける。


「ユーゴ・クレイ、何も知らない編入生を騙して自分の女にした気分はどうだ? クレア様をゼノンに盗られてすぐに別の女を傍に置くとは、度し難いクズめ!」


「騙しただって? 待てよ、誤解だ。俺は別に何も――」


「黙れ! お前の話など聞かん! 悪逆非道なお前のことだ、純粋なメルトを騙して手籠めにするつもりだったんだろう!? そんなことはこのラッシュ・ウィンヘルムが許さん!」


 精悍な顔つきをしたその青年は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。

 まるで赤鬼のようなラッシュの剣幕に圧されるユーゴに助け船を出すようにして、二人の間に割って入ったメルトが口を開く。


「落ち着いてよ、ウィンヘルムくん! 別に私、ユーゴに騙されてなんてないって! そもそも最初に一緒に依頼を受けようって持ち掛けたのも私の方だし、色々と誤解してるよ!」


「何も言わないでくれ、メルト。君は知らないだろうが、この男は強力な魔道具である宝剣ガランディルを振るい、名門クレイ家の名を用いて、多くの生徒たちに屈辱を味わわせ、その姿を嘲笑ってきた非道な男なんだ。君のような純粋で魅力的な女の子が関わっていい人間じゃあない」


「ちょっと待ってくれよ。確かに昔、俺はお前たちにひどいことをしたと思うし、そのことは悪かったと思ってる。でも、メルトを騙してるとか、手籠めにするつもりだとか、そんなつもりはない。全部お前たちの邪推だって」


「お前の言うことなど信用できるか! 親からも見放されたクズの話に耳を貸す必要なんてない! みんなもそう思うだろう!?」


 ラッシュの呼びかけに対して、彼の取り巻きたちが一斉に同意の叫びを上げる。

 自分に同調する仲間たちの声を背に受けて自分が正しいという思いを強くした彼は、再びユーゴへと迫った。


「もう一度言うぞ、ユーゴ・クレイ! 今すぐにメルトを解放して、二度と彼女に近付くな! お前のようなクズに、そんな資格はない!」


「確かに俺はクズかもしれねえが、なんでお前がメルトの交友関係に口を出すんだよ? そもそもお前、メルトの何なんだ?」


「そうだよ! 私の友達は私が決める! ただ同じ寮の同級生ってだけで、知り合って間もないあなたにこんなことされる筋合いないよ!」


「メルト、君は何も知らないんだ! 今は余計なお世話だと思われるかもしれないが、俺の言っていることが正しいと理解する時がくる!」


 ぐっ、と二人から連続して正論を叩きつけられたラッシュが一瞬だけ苦々し気な表情を浮かべて怯むも、即座にあやふやな反論を口にしてみせる。

 そういう行動を余計なお世話だというのだと、そう彼に言おうとしたユーゴであったが、それよりも早くに胸倉を掴んできたラッシュによって後方へと突き飛ばされてしまった。


「うおっ!?」


「兄さんっ! お前たち、何をするんだ!? いきなり危ないじゃないか!」


「うん? 兄さんだと……? 貴様、このクズの弟か?」


「兄さんはクズなんかじゃない! ちょっと乱暴なところはあるけど、僕の自慢の兄さんだ! 寄ってたかって一人をいじめるお前たちの方こそ、よっぽどクズじゃないか!」


「何ぃ……っ!?」


 フィーの言葉を受けたラッシュが眉間に青筋を浮かべ、握り締めた拳を怒りでわなわなと震わせる。

 そんな彼へと涙目になったフィーは、ありったけの想いをぶつけるようにして叫び続けた。


「兄さんはすごいんだ! 格好いいんだ! この間も決闘に勝ったし、魔鎧獣だってやっつけて沢山の人たちを助けた! 一人じゃ何もできないお前たちとは違う! 兄さんは、お前たちにクズ呼ばわりされるような人間じゃあないんだ!」


「この……っ! お前みたいな子供に何がわかる!? 知ったような口を叩くな! クズの弟めっ!」


 自分たちが味わってきた屈辱も知らずにユーゴを擁護するフィーの言葉に苛立ったラッシュが、握り締めた拳を振り上げる。

 まだ幼い、自分と一回り歳が離れた子供であるフィーへと容赦なくその怒りを叩きつけようとした彼であったが、勢いよく振り下ろされたその腕の動きが途中でぴたりと止まった。


「なっ……!?」


 ガシッ、と腕が掴まれた感覚。その瞬間に腕が全く動かなくなったことに驚いたラッシュが横を向けば、そこには自分の腕を掴んだユーゴの姿があった。

 やや俯きがちになったままぴくりとも動かない彼に驚愕の視線を向けるラッシュへと、ユーゴが静かに口を開く。


「……少し、言葉が過ぎたかもな。兄として、弟の非礼を謝るよ。その上で、こいつの兄として言わせてもらうぜ」


「ぐっ、あっ……!?」


 自分の腕を掴むユーゴの手に力が込められていく。強く握られた腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。

 その痛みに呻き、苦悶の表情を浮かべるラッシュへと顔を近付けたユーゴは、怒りの表情を彼に見せつけながら低い声で唸った。


「俺に対してなら何を言っても構わねえ。クズ呼ばわりも受け入れる。だけどな……フィーに手を出すってんなら話は別だ。こいつを泣かせる奴を、俺は絶対に許さねえ。覚えておけ」


「ぐうっ……!」


 ユーゴからの本気の警告を受けたラッシュがその威圧感と腕の骨を砕かれるのではないかと思わせるほどの痛みに負け、完全に言葉を失う。

 伝えるべきことを伝えたユーゴが手を放せば、彼はそのままよろめいた後で尻餅をついてしまった。


 仲間たちに囲まれ、支えられ、その身を案じられたラッシュは数度呼吸を繰り返した後、キッと鋭い目でユーゴを睨む。

 弟を庇うように立ち、こちらを見下ろす彼の姿に怒りを再燃させたラッシュは、弾かれるように立ち上がると同時に叫んだ。


「決闘だ……! この屈辱、このままにしてなるものか! 俺と戦え、ユーゴ・クレイ!」


「……いいぜ、わかった。その代わり、俺が勝ったら二度と変なちょっかいかけてくんじゃねえ。俺にも、フィーにも、メルトにもだ。わかったな?」


 視線をぶつけ合い、火花を散らして、ラッシュからの決闘の申し出を受けるユーゴ。

 取り巻きの生徒たちが大騒ぎする中、不気味なまでに静かな反応を見せる彼のことを、ラッシュは憎しみを込めた視線で睨み続けていた。

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