決闘相手は蟹貴族
「本当にごめん、兄さん。僕のせいでこんなことに……」
「な~に謝ってるんだよ。さっきも言っただろ? 悪いのはあっちの方だって。それに、こういう時のために役立つ物をお前がくれたじゃねえか」
「でも! ブラスタは旧型だし、鎧型の魔道具は決して強いわけじゃあ――」
決闘用に作られた、中庭の広場。
そこそこ見物人たちが集まっているそこで自分の身を案じてくれるフィーの頭をわしわしと撫でたユーゴは、彼を安心させるように笑みを浮かべながら、サムズアップをしてみせる。
正直、不安がないわけではないのだが、かわいい弟を巻き込んでまで自分に戦いを挑んでくるマルコスを無視し続けるのは難しいだろうし、彼の性格の悪さを目の当たりにした以上、これ以上フィーに手を出させないためにもやれることはやろうとユーゴは思っていた。
「安心しろ、フィー。お前が信じてくれる限り、俺は負けねえよ。それが、ヒーローってもんだからな」
「え……?」
自分を信じてくれる人々のために、死力を尽くして悪と戦う。そんなヒーローたちの姿を、ユーゴはずっと見続けてきた。
マルコスの鼻を明かすためではなく、フィーを守るために戦うと覚悟を固めながら、ユーゴは
「気分はどうだ、ユーゴ・クレイ? 弟やギャラリーの前で醜態を晒す覚悟はできたか?」
「………」
挑発の言葉には乗らず、ただ黙ってマルコスを……彼が左腕装備している武器であり防具でもあるそれを見つめるユーゴ。
腕を覆う悪趣味な金色をした装甲と、その先端から伸びる銀色の巨大な鋏を目にしたユーゴは、まるで蟹の腕だなと心の中でマルコスへの第一印象をこぼす。
「それがお前の魔道具ってやつか? 随分と趣味が悪いデザインだな」
「はっ……! 我がボルグ家に伝わる魔道具【ギガシザース】の高貴さがわからんとはな。流石はユーゴ・クレイ、名門一家を追い出された男だけはある」
まあ、一部分だけとはいえあれも鎧のような魔道具なわけだし、ならば自分と似たようなものかと思い直した彼は、軽く息を吐いてからブラスタを起動すべく右拳を強く握り締めた。
(蟹と戦うってんなら、このポーズで気合を入れないとな!)
握った右手をフックを繰り出すように振るったユーゴが顔の横に拳を置いたポーズで静止する。
真っ直ぐにマルコスを睨み付けながら、戦いへの覚悟を決めながら、彼は大声でテレビの中のヒーローたちと同じ台詞を叫んだ。
「変身っ!」
眩い紅の輝きがユーゴの体を包み、それを合図として鎧型魔道具ブラスタが展開されていく。
一瞬にして黒い騎士へと姿を変えたユーゴは、深呼吸をしてから再び拳を握り締め、自分自身に気合を入れるように息を吐いた。
「しゃぁっ!」
「ははっ! 随分と無駄な動きをするじゃないか。旧型魔道具の性能をごまかすためのパフォーマンスかな?」
「わかってねえなあ……こういうはヒーローの美学っていうんだよ。ま、お前に理解してもらおうとは思わねえけどさ」
確かに戦いに際して隙だらけの姿を曝すユーゴの姿はマルコスの目には馬鹿にしか見えないだろう。
しかし、変身ポーズこそがヒーローの最高に格好いいポイントの一つであり、ここを疎かにすることなど絶対にあり得ないと理解しているユーゴは、相手からの指摘をせせら笑いながら観客たちを見回す。
「やっちまえ、マルコス! ユーゴをぶちのめせ!」
「お前は嫌いだが、ユーゴはもっと気に入らねえ! 今日だけはお前を応援してやるよ!」
「どっちもボロボロになっちまえ。その上でユーゴが負けろ」
「に、兄さん、頑張って! 負けないで!」
割と暴言だらけの観客たちの声に紛れて聞こえてくるフィーの声を聞いたユーゴが唯一自分を応援してくれる彼へと手を振る。
どうやら完全にアウェー状態のようだが、それはそれとしてやっぱりマルコスもマルコスで嫌われてるんだな~、と賑やかなギャラリーたちの歓声(罵声)を聞きながら頷いたユーゴは、対戦相手を見つめながら質問を投げかけた。
「なあ、これってもう勝負始まってんのか? 勝敗ってどうやったら決まるんだ?」
「お互いに魔道具を展開した時点から決闘は既に始まっている! 相手が戦えなくなるか敗北を認めるまで叩きのめした方が勝者だ!」
「おお、なるほどな。わかりやすいじゃん。んじゃまあ、早速……」
暴力を振るうことは嫌いだが、これは自分や弟の安全を守るために必要なことだと言い聞かせつつ、呼吸を整えるユーゴ。
肩を慣らすように右腕を振るい、拳を握り締める彼の姿を目にしたマルコスは、ユーゴが接近戦を仕掛けてくると思ったのだが――?
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